残業代の請求は退職前・退職後どちら?!

残業代請求を考えている方の中には、退職前・退職後のどのタイミングで残業代請求するのがよいのか、と考えている方もいるのではないでしょうか。
そこで、今回はどのタイミングで残業代請求ができるのか、残業代請求をする時期についてどのような点に注意が必要かなどについて説明をしていきたいと思います。

残業代請求できる時期

結論から申し上げますと、残業代請求は退職前、退職後のどちらでも可能です。
しかし、残業代請求できる期間には時効があるため、いつまでも遡って請求できるというわけではありません。
残業代請求については、給料支払い日から遡って2年以内(2020年4月以降に給料支払い日が来るものについては3年以内)に発生している残業代について請求ができるものとされています。

時効は以前は2年間でしたが、2020年4月1日以降に発生したものについては3年間に延長されています。

しかし、2020年3月31日までに発生した未払残業代の時効については従前どおり時効は2年間ですので、2020年4月以降に請求したからといって過去3年分請求ができる訳ではありません。

時効との関係で、まずは会社に対し、残業代請求する旨の内容証明郵便を送付しておく必要があります。
これは「催告」といって、時効完成を6ヶ月間停止させることができる法律上の手続です。口頭で行うことも可能なのですが、催告したことを証拠として残しておくために、「内容証明郵便」を利用しておきましょう。

(内容証明郵便については、こちらで詳しく解説しています。「残業代請求に必要な内容証明郵便とは?書き方を解説(記載例付き)」)

 

なお、残業代請求の時効は「当面」3年とされています。
なぜ「当面」なのかというと、厚生労働省の諮問機関である労働政策審議会において、労働側は民法の改正に合わせて「5年」を主張していたからです。
しかし、経営側が反対して2年間の維持を主張したため、「当面は3年」とする折衷案を双方を受け入れ、このような形に収まっています。
時効の期間については改めて検討されることになっていますので、いずれは5年間となる可能性があります。

このように、残業代は、給料の支払い日毎に24か月(又は36か月)前に支払われるべきであった残業代が時効によって消滅してしまうことになります。
本来なら24か月(36か月)分請求できたものが23か月(35か月)分、22か月(34か月)分・・・と少なくなっていくことになりますので、特に退職後に残業代請求をする場合は、給料の支払い日をしっかり確認して、出来るだけ多くの期間の残業代を請求できるよう速やかに行動を起こす必要があります。

退職前に残業代請求をするデメリット

退職前に残業代請求をするのであれば、退職後に残業代請求する場合のように24か月分(36か月分)請求できなくなる可能性を考慮する必要はありませんし、証拠集めも行いやすくなります。
しかし、退職前に残業代請求をすると、請求を断念するよう説得されたり、請求後にパワハラに遭うなど不当な扱いを受けたりといった苦労を伴うことから、退職後に残業代請求をする方が大半です。
また、残業代請求をすることによって会社に居づらくなる可能性を考え、請求自体をためらうこともあるでしょう。
このように、退職前に残業代請求をすることについては、かなりの覚悟がいることも実情として考えなければなりません。

退職後に残業代請求をするメリット

前述したデメリットの反対になりますが、退職後に残業代請求をすると、在職中に残業代請求する場合とは異なり不当な扱いを受けるような心配を避けることができます。

また、会社は賃金を遅れて支払う場合は、年利3%の遅延損害金も支払う義務があります。残業代は未払い賃金ですので、会社側は残業代元金の他にその残業代について年利3%の遅延損害金も支払わなければなりません。
損害遅延金を退職後に請求した場合、年利は14.6%となりますので、退職後に残業代請求する場合の方が遅延損害金が多くなるというメリットがあります。

残業代請求の流れ

では、具体的にどのような流れで残業代を請求するのか確認しておきましょう。

1.残業時間を把握する

まずは、実際に自分が行った残業時間の把握をしましょう。
例えばタイムカードや出退勤記録、業務日誌、メールの送信記録、パソコンのログなど、実際に働いていた時間を証明することができる証拠を集めておきます。
また、就業規則や雇用契約書など、労働条件や所定労働時間(企業と労働者の間で交わされた契約で定められた労働時間のこと)がわかるものを用意しておいたほうが良いでしょう。それらの証拠を整理し、正確な残業時間を算出していきます。
(残業の証拠については、こちらで詳しく解説しています。「残業の証拠を残すにはどうすればいいのか」)

注意点として、退職前であればタイムカードや日誌などの写しを取ることができますが、退職後は簡単に入手することができなくなります。
残業時間を把握するための証拠は退職前に準備しておいたほうが良いでしょう。
退職後に証拠を集めたい場合は企業に対して開示請求を行わなければなりませんので、一手間増えてしまうことと、企業側が開示請求に応じない可能性や改ざんされてしまう可能性があります。開示請求に応じない場合は裁判所に証拠保全の申立てを行わなければなりません。
裁判所を利用するようなケースになってくると、専門家である弁護士などに依頼しなければ素人では立ち向かえなくなることも多々あります。

2.残業代を算出する

1で算出した残業時間を元に残業代を計算して、未払い分を把握しましょう。
残業代は、法定労働時間を超えた部分について、通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払わなければならないと定められています(労働基準法第37条)。
このことから、残業代は残業時間×1時間あたりの基礎賃金×1.25の計算式で計算されます。
1時間あたりの基礎賃金については、時給制だとわかりやすいのですが多くの方は月給制であるため、自分で算出しなければなりません。
月給制の場合の1時間あたりの基礎賃金は月給÷月平均所定労働時間で計算します。
ただし、月給の中に含まれる諸手当のうち、家族手当や通勤手当など差し引いて計算をしなければならないものがあります。
このように、専門的な知識が必要となる部分があるため、一度専門家に相談してみることをおすすめします。
(残業代の計算については、こちらで詳しく解説しています。「残業代はどのように計算するのか?計算式は?」)

3.残業代請求

ここから実際に残業代を会社に請求していきます。
残業代を計算して会社に請求し、交渉の結果残業代が支払われれば解決するのですが、交渉が決裂した場合は裁判所を通じた手続き、すなわち労働審判又は訴訟に進むこととなります。

4.裁判所に申立てをする

企業との話し合いが決裂した場合、裁判所に労働審判又は訴訟を提起することができます。
労働審判は平成18年から始まった制度で、裁判官1名と労使側それぞれの労働審判員2名の計3名が事件の審判・判断を行います。
労務関係の専門知識を持った労働審判員がつきますので、弁護士に依頼せずにご自身で対応したい方についてはメリットがあるでしょう。
では、労働審判と裁判にはどのような違いがあるのでしょうか。

①解決までにかかる時間

裁判は最低でも半年以上(場合によっては数年)斯かる手続きですが、労働審判は早期の解決を目指す手続であり、申立てから手続きの終了まで、通常1か月半~3か月ほどとなります。労働審判が開かれる期日は、原則として多くても3回までと決められています。
そういった手続きですので、あまりに複雑な事件を緻密に解決しようとする場合は、労働審判は向きません。
なお、労働審判の結果にどちらかの当事者が納得できずに異議が出された場合、労働審判は裁判に移行します。せっかく短期解決のために労働審判をしたのに、結局一から裁判をし直すことになり、却って時間がかかるということもありますので、注意が必要です。

②本人の出席の要否

弁護士に依頼して裁判をする場合、裁判には弁護士が代理で出席しますので、本人が毎回の裁判に出席する必要はありません。
ごくまれに証人尋問を行うケースがありますが(残業代請求訴訟ではその割合はあまり高くない印象です)、その場合には1回だけ裁判所に出席することになります。
他方、労働審判では原則として本人が出席することになります。
その場には、会社の人(社長や人事担当者)と会社側の弁護士も出席していますので、裁判所で(元)勤務先の人とどうしても顔を合わせたくないケースなどでは労働審判は使いにくいでしょう。

③立証の程度

裁判に勝つためには、実際に労働した時間についてタイムカードやデジタコ等の証拠により立証する必要があります。そのような証拠がないケースや自分のメモなどの弱い証拠しかないケースでは、勝訴の見込みという点で裁判が向かないケースもあります。
この点、労働審判はあくまで話合いでの妥当な解決を目指す場面で、裁判官も事案の妥当な解決を見極めようとする傾向にあります。
証拠としては万全ではないが全体を説明すれば裁判官にも分かってもらえるケースなどでは、労働審判での解決を試みる価値があるのではないでしょうか。
他方で、証拠がそろっていて立証の問題がなく、一歩も譲歩したくないというケースであれば、労働審判での話合いよりも裁判で白黒はっきりさせる方がよいでしょう。

このように、労働審判と裁判どちらもメリットデメリットのある手続です。
手続の選択も含めて、一度弁護士に相談されてはいかがでしょうか。
(労働審判については、こちらで詳しく解説しています。「残業代請求では「労働審判」と「裁判」、どちらがお勧め?」)

その他

退職せずに未払いを解消したいという場合などで、直接企業側と話し合うようなことを避けたい場合があるでしょう。
その場合は労働基準監督署に申告を行うという方法もあります。
労働基準監督署に申告した場合、企業側に対して支払うことを指導(是正勧告)してくれる可能性があります。匿名で申告することが可能ですが、きちんと証拠を揃えて申し立てを行わなければ、申告しても是正勧告に至らない場合もあるので、しっかりと準備が必要です。
また、あくまで「指導」ですので(もちろん無視し続ければ最終的には刑罰の対象となります)、必ずしも企業側が従うという保証もなく、強制力も持っていませんので、問題解決に至らない可能性もあります。

まとめ

今回は残業代請求ができる時期及び残業代請求の方法についてどのような点について注意が必要かについて説明をしてきました。
上記で説明してきましたように、退職後に残業代請求を考えている場合であっても、退職前に専門家にどのような証拠が必要なのか聞き、在職中に準備をしておくことが残業代請求をスムーズに進める上において非常に重要なポイントです。
メリット・デメリットも踏まえた上でこの記事が残業代請求をするタイミングについて考えている方の参考になれば幸いです。