会社に残業代を請求しても話合いに応じてくれない場合、より強制的な手段として可能なのが「労働審判」と「裁判」です。
それぞれの手続について、実務的な観点から、メリットとデメリットをご説明します。
労働審判とは
労働審判は2006年4月に導入された労働紛争の解決を目的とした制度で、裁判と同じく裁判所で行われる手続です。
労働審判は話合いと裁判の中間的な手続で 、裁判官が間に入って事案を整理し、なるべく短期間に双方の合意による解決を目指す手続です。
労働審判の対象となるのは労働者としての権利や利益に関わる争いで、具体的には賃金や残業代、退職金などの未払いといった賃金に関わる争い、不当解雇や雇い止めなどの雇用に関する争いが挙げられます。
労働審判の流れ
では、労働審判がどのように行われるのかを確認していきましょう。
- 申し立てを行う
管轄する地方裁判所に労働審判を求める申立書の提出を行います。
管轄する地方裁判所とは、「相手方の住所、居所、営業所もしくは事務所の所在地を管轄する地方裁判所」「労働者が現に就業もしくは最後に就業した当該事業主の事業所の所在地を管轄する地方裁判所」「当事者が合意で定める地方裁判所」のいずれかとなります。
会社の本店所在地や就労場所を管轄する地方裁判所に申し立てることが多いでしょう。 - 第1回審判期日の決定・呼び出し
申し立てが受理されたら裁判所から第1回審判の期日が指定され、呼出状が申立人(自分)と会社側に届きます。呼出状には、期日指定と答弁書と証拠書類の写しの提出を求める旨が記載されています。提出された答弁書は申立人にも送付されるため、会社側の主張や反論の内容を把握することができます。 - 審判
ここから実際の審判が始まります。
審判は第1回から、最大第3回まで行われます(原則)。
審判期日当日は、労働審判官1人と労働審判員2人を交えて答弁書や証拠などをもとに話し合いを行っていきます。
第1回審判で決着が付かなければ第2回、第3回と進んでいきます。
話し合いの結果、解決する(調停成立)か、第3回までに話し合いがまとまらなければ裁判所が判断を下す(労働審判)かのどちらかの結果で決着が付くことになります。
全体の約8割はここまでで解決するそうです。 - 異議申し立て
労働審判の結果に納得がいかない場合は、異議申し立てを行い、裁判に移行します。
訴状に代わる準備書面という書面を提出する必要があり、証拠書類も再度提出することになります。
労働審判を申し立てるための準備
申し立ての準備として「証拠集め」「申立書作成」「申立書と証拠の提出」を行う必要があります。
それぞれについて詳しくみていきましょう。
- 証拠集め
まずは最重要課題である証拠集めです。
残業代を請求する場合は、以下の3つは必ず揃えておきましょう。・就業規則、雇用契約書など労働契約の内容がわかるもの
・タイムカードなど実労働時間がわかるもの
・給与明細など実際に支払われた給与内容がわかるものもし、タイムカードを切ってから働いていたなどタイムカード以上の時間働いていた場合は、メール送信時間の資料やパソコンのログ、日々記録しておいた出退勤の時間のメモや家族に帰宅する旨を伝えた時間がわかるメールなどを用意しておくと良いでしょう。
(残業代の証拠については、こちらで詳しく解説しています。「残業の証拠を残すにはどうすればいいのか」)
- 申立書作成
申立書は裁判所のホームページからも取得することが可能です。
正式名称は「労働審判手続申立書」です。
記載すべき内容は以下のもので、裁判所が用意しているひな形にはこれら全てが記載されています(非訟事件手続規則第1条1項各号、労働審判規則第9条第1項)。・当事者及び利害関係参加人の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所
・当事者、利害関係参加人又は代理人の郵便番号及び電話番号
・事件の表示
・付属書類の表示
・年月日
・裁判所の表示
・予想される争点及び当該争点に関連する重大な事実
・予想される争点ごとの証拠
・当事者間においてされた交渉その他の申立てに至る経緯の概要
・申立てを特定するのに必要な事実及び申立てを理由づける具体的な事実 - 申立書と証拠の提出
ここまで準備できたら次は提出です。
必要書類として以下の用意を行い、裁判所に提出します。・労働審判手続申立書:正本…1通、写し…相手方の数+3通
・証拠書類:写し…相手方の数+1通
・証拠説明書:正本…1通、写し…相手方の数
・資格証明書:申立人または相手方が法人の場合に必要。「代表者事項証明書」「全部事項証明書」などがあり、法務局で取得することができる。
・申立手数料:収入印紙で支払う。額については裁判所に確認する。
・郵便切手:申立書、証拠書類、証拠説明書の重さ+50g分の普通郵便料金分の切手
・委任状:弁護士に依頼した場合などに必要。
労働審判のメリット・デメリット
労働審判のメリット
①早期解決できる
前述したとおり、労働審判は原則3回以内で終了するため、平均約2ヶ月ほどの期間で済みます。訴訟となると1年以上かかるケースもあり、長引けば数年にわたることもありますのでかなり短い期間で終了するということになります。
②サポートを受けられる
労働審判員は労働関係に関する専門的な知識と経験を持っている人が選ばれますので、思うような証拠を集めることができなかったり、上手に証言をできなかった場合にサポートしてくれる場合があります。弁護士に依頼せずにご本人で対応したい方にはメリットがあるでしょう。
労働審判のデメリット
労働審判の最大のデメリットとして挙げられるのは、異議申し立てをされてしまった場合に訴訟に発展してしまうということです。
訴訟に発展してしまうと手続がより複雑になりますし、長期化する可能性も高くなります。
①解決までにかかる時間
裁判をすると、解決までに2年も3年もかかる・・・そんな話を聞いたことはありませんか?
一昔前は、裁判での解決にはかなりの長期間がかかっていました。最近は、裁判の期間もずいぶん短縮されてきています。ただ、そうはいっても裁判では双方が主張を徹底的に戦わせる手続ですので、半年で解決すれば早い方、複雑な事件では1年以上かかることもよくあります。やはり解決までの時間が長いのは裁判の短所ですね。
他方、労働審判というのは早期の解決を目指す手続であり、申立てから手続きの終了まで、1か月半~3か月ほどとなります。労働審判が開かれる期日は、原則として多くても3回までと決められています。
そういった手続きですので、あまりに複雑な事件を緻密に解決しようとする場合は、労働審判は向きません。双方の主張が中途半端なまま期日が過ぎてしまい、消化不良のまま双方が合意できずに手続が終わることがあります。
労働審判の結果にどちらかの当事者が納得できずに異議が出された場合、労働審判は裁判に移行します。せっかく短期解決のために労働審判をしたのに、結局一から裁判をし直すことになり、かえって時間がかかるということもあります。
②本人の出席の要否
弁護士に依頼して裁判をする場合、裁判には弁護士が代理で出席しますので、本人が毎回の裁判に出席する必要はありません。ごくまれに証人尋問を行うケースがありますが(残業代請求訴訟ではその割合はあまり高くない印象です)、その場合には1回だけ裁判所に出席することになります。
他方、労働審判では原則として本人が出席することになります。
特に初回の期日では、本人が出席して、その場で裁判官からの質問に答える必要があります。
その場には、会社の人(社長や人事担当者などが多いです)と会社側の弁護士も出席していますので、裁判所で(元)勤務先の人とどうしても顔を合わせたくないケースなどでは労働審判は使いにくいでしょう。
③立証の程度
裁判に勝つためには、実際に労働した時間についてタイムカードやデジタコ等の証拠により立証する必要があります。そのような証拠がないケースや自分のメモなどの弱い証拠しかないケースでは、裁判での勝ち目が見通せない場合もあります。
裁判の判決というのは基本的には0か100の世界なので(その間の割合的な認定ということもありますが。)証拠が十分でないケースでは裁判にトライするのに躊躇される場合もあります。
この点、労働審判はあくまで話合いでの妥当な解決を目指す場面で、裁判官も事案の妥当な解決を見極めようとする傾向にあります。
証拠としては万全ではないが、全体を説明すれば裁判官にも分かってもらえるケースなどでは、労働審判での解決を試みる価値があるのではないでしょうか。
他方で、証拠がそろっていて立証の問題はなく、明らかに勝てそうな事案で、一歩も譲歩したくないというケースであれば、労働審判での話合いよりも裁判で白黒はっきりさせる方がよいでしょう。
④その他
労働審判の場合は付加金がつきませんが、裁判での判決の場合は付加金がつく可能性があります。
とはいえ、裁判の場合でも最終的には和解で解決するケースが多く、その場合には付加金はつけられませんし、負けそうになった相手方が任意で残業代を払えば付加金は付かないので、実際の差はあまりありません。
また、裁判は一般に公開されている手続で誰でも傍聴できますし判決も公開できますが、労働審判は非公開の手続です。
会社側の立場では、裁判が公開されて他の社員からも残業代請求されてしまったり、ブラック企業という評判が立ってしまうことを考えると、裁判が起きることはプレッシャーになると思います。
このように、労働審判と裁判どちらもメリットデメリットのある手続です。どちらの手続きを選択するかは、労働事件の経験の豊富な弁護士の知見の見せ所でもあります。
手続の選択も含めて、一度弁護士に相談されてはいかがでしょうか。