タイムカードを開示してもらう必要性
会社に未払いの残業代を請求をする際には、実際の労働時間と残業時間を証明できる証拠が必要になります。
証拠となるものとしてはタイムカードをはじめ、日報や業務報告書、日々の労働時間を記録したメモ、上司や取引先などに送ったメールのログ、家族に帰宅時間を報告したメールなど様々なものがありますが、中でもタイムカードは何より強い証拠となります。
そのため、タイムカードで労働時間を管理している場合は、会社にタイムカードを開示してもらうことが重要なのです。
しかし、タイムカードの開示を会社に要求しても、残業代の請求をされたくないなどの理由により、会社側が開示の要求になかなか応じない場合があります。
会社側にタイムカードの開示義務はあるのか?
残念ながら、会社に対してタイムカードを開示しなければならないと定めた法律はありません。
そのため、会社側はタイムカードを開示する義務はないということになります。
その一方で、労働時間の管理については、厚生労働省により「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が以下のとおり設けられています。
(1)始業・終業の時刻の確認及び記録
使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること。
(2)始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。
ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
イ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。
また、労働基準法によって重要書類の保管期間が定められています。
使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。(労働基準法第109条)
つまり、タイムカードなどの客観的な記録によって始業・終業時刻を適正に把握するよう努め、その記録は5年間保管する必要があるということです(保管期間については、経過措置として当分の間は「3年間」とされています)。
法律によって開示することは義務づけられていませんが、以上の理由により、まずタイムカードの記録はすぐに廃棄される心配はありません。
タイムカードの開示義務を認めた裁判例
法律上にはタイムカードの開示義務がない一方で、裁判で会社にはタイムカードの開示義務があることを認めた例があります。
それが「医療法人大生会事件(大阪地裁 平成22年7月15日判決)」です。
こちらの判例ではタイムカードの開示義務について、次のような判決が出ています。
使用者は,労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として,信義則上,労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく,労働者からタイムカード等の開示を 求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のないかぎり,保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負うとして,正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり,特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したりする行為は,違法性を有し不法行為を構成するとして,Y(被告医療法人)に慰謝料10万円の支払いが命じられた
(労働判例 第1034号より引用)
この判決によると会社には正当な理由なくタイムカードを開示しない場合は違法性があると判断され、慰謝料の支払い義務が生じるとされました。
タイムカードを開示してもらう方法
ここからは、実際にタイムカードを会社に開示してもらう方法を確認していきましょう。
1 弁護士からの内容証明郵便で開示を要求する
弁護士が残業代請求を行う場合、最初に行うのが、会社に対する内容証明郵便の送付です。
残業代を請求する意向があることを示して、時効の進行を一時的に中断し(※)、また、タイムカード、就業規則、賃金規程、賃金台帳など、残業代の算定に必要な資料の開示を会社に求めます。多くの会社は、この要求に応じて、資料を開示します。
特に、労働事件の使用者側に慣れた弁護士が会社側についた場合は、無用なやりとりを避けるためにも、素直に開示に応じる場合が多いでしょう。
※相手方に対して一定行為を要求することを「催告」といい、催告を行うと時効が中断します。この場合残業代を要求(催告)しているので、時効が中断するということになります。
2021年12月現在、未払いの残業代請求の時効は3年です(本来は5年ですが経過措置として3年とされており、2025年頃には5年とするか検討されると考えられています)。
2 訴訟予告通知を行い、開示を要求する
中には、1の要求を無視して、開示に応じない会社もあります。また、この手の事案に慣れていない弁護士が会社側につくと、開示に応じない場合もあります。
その場合、当事務所では、民事訴訟法第132条の2(訴えの提起前における照会)に基づいて、訴訟予告通知を行うとともに、必要な情報を開示するように求める照会書を送付します。
この手続はこれまではあまり多用されていなかったものですが、1の要望とは異なり
- 会社側に回答の義務があること
- 会社側が回答しない場合、そのこと自体が不法行為となって損害賠償の対象となりうること
- 弁護士がこれに回答しない場合は弁護士倫理違反となりうること
などから、より強制力のある手段として有用だと考え、当事務所ではよく利用しています。
(東京弁護士会の会報LIBRA2008年10月号には、同照会について、「回答義務に違反して回答しない場合には、訴訟においてそのことを有利に利用すべきであるし、回答義務違反を理由として不法行為に基づく損害賠償請求も検討すべきである。弁護士が回答義務に違反した場合には弁護士倫理違反となり得ることも注意を要する。」との記載があります。)
会社側に弁護士がついている場合、1の要望には応じなくても、この手続を取れば開示に応じる場合が多いです。
3 訴訟を行い、開示を要求する
それでも会社が開示に応じない場合、任意の話合いは困難ですので、訴訟を提起することになります。
といっても、細かな資料がない状況なので、記憶に基づく推定計算で訴訟を提起し、裁判手続きの中で、タイムカードの開示を求めることになります。
通常、裁判前には弁護士をつけておらず開示に応じなかった会社も、裁判を起こして弁護士がついた場合、裁判所からの求めに応じてタイムカードの開示に応じる場合が大半です(ちゃんとした弁護士であれば、開示を拒んだとしても、次に説明する「文書提出命令」が出され、開示に応じざるを得なくなるということ、そうなると裁判所の印象も悪くなることを理解しています)。
4 文書提出命令で開示を要求する
ところが中には、ここまで来ても開示に応じない会社もあります。
その場合、民事訴訟法第221条に基づく文書提出命令の申立てを行います。
文書提出命令とは、文書の所持者(会社)に対して、立証上必要な文書(タイムカードなど)の提出を裁判所が命令する手続です。
この命令に背いて、文書を開示しない場合、そのこと自体が不利に取り扱われ、原告の推定計算がそのまま認められる(真実擬制)などのペナルティが生じる非常に強い命令になります。
タイムカードについて、文書提出命令を申し立てた場合、会社側は、「タイムカードは文書提出命令の例外文書である『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』(民事訴訟法第220条4号ニ)に当たる」との反論をしてくる場合がありますが、この反論は通常、裁判所には受け入れられません。
タイムカードは、これによって当該労働者の労働時間を推定することができ、賃金台帳の記載事項である賃金計算の基礎となる事項(労基法第108条)である労働時間数を算定するに際しての重要な資料の一つとなるものです。
また、先述したとおりタイムカードは5年間(当分の間、3年間)の保管が義務付けられているだけでなく、労働基準監督官が労基法101条1項に基づいてその提出を求めた場合には、これを労働基準監督官に対して提出することとされ、同法120条4号によって、その不提出について罰則が設けられているため、このような書類は、外部の者への開示が、法令上当然に予定されているものというべきです。
そうすると、タイムカードは、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書(=専ら文書の所持者の利用に供するための文書)であるということはできません(大阪高裁平成25年5月13日決定)。
したがって、会社側の抵抗にかかわらず、ここまで来れば、裁判所から文書提出命令がなされ、会社側としてはタイムカードの開示に応じざるを得なくなるわけです。
会社側に慣れている弁護士がつけば、最初からこの結論に至ることが分かっているわけなので、無用な時間の経過や裁判を避けるために、当初から開示に応じるというわけです。
まとめ
会社側にタイムカードの開示義務が定められていなくても、開示が要求された場合は実質的に会社側は開示に応じざるを得ないことがわかりました。
会社に対して個人でタイムカードの開示を求めることも可能ですが、会社が素直に応じない場合や、状況によっては会社に連絡することが難しい場合もあるでしょう。
そういった場合は、弁護士に依頼するとスムーズでしょう。まずは一度お気軽にご相談ください。
監修弁護士
執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
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