2023年現在、一般労働者における労働時間には、労働基準法第32条によって制限が設けられています。具体的には、「1日あたりの労働時間が、休憩時間を除いて8時間を超えてはいけない」「1週間の労働時間の合計が、40時間を超えてはいけない」とされており、これを法定労働時間と言います。

もし、この法定労働時間を超えて働かせる場合、使用者は労働者と 36協定(※1) を結ぶことで、時間外労働(※2)をある一定の長さまで延長することが可能となります。

一方、物流などの運送業界で働くトラック運転手など、長距離での移動を伴う労働に従事する者については、上述の規制が適用されません。
代わりに、自動車運転者の労働時間などの改善のための基準という、ドライバーの働き方を考慮した複雑な基準が設けられており、この基準は2024年改定が予定されています。「物流業界の2024年問題」として報道されていることを耳にされたこともあるかと思います。
(参考 厚生労働省『自動車運転者の労働時間などの改善のための基準』

本記事では、この『自動車運転者の労働時間などの改善のための基準』について、現行で可能とされているドライバーの残業時間及び、それが「なぜ」「どのように」改正されることになるのか、ご紹介します。

※1 36協定
労使協定(雇用主と労働者の間で書面によって結ばれる協定)の一種。これを結ぶことで、月45時間・年間360時間までならば、時間外労働時間を延長することができる。

※2 時間外労働
労働基準法で定められた法定労働時間を超えて働いた分の労働時間を、時間外労働時間と呼びます。これと似た言葉に「残業時間」がありますが、こちらは所定労働時間(勤務先で決められた労働時間)を超えて働いた分の時間を指します。例えば所定労働時間が6時間だった場合、2時間までの労働時間の延長であれば、1日の法定労働時間である8時間を超えていないため、時間外労働とはされず単なる(法定内所定外)残業として扱われます。法定労働時間を超えるか否かで賃金計算が異なるため、この判別には注意が必要です。
本記事で扱うドライバーの残業時間は、基本的に法定労働時間を超えた時間外労働時間ですが、分かりやすいように一貫して残業時間と呼ぶものとします。

ドライバーの労働時間の規制

まずは、現行のドライバーの労働基準を定めている上述の『自動車運転者の労働時間などの改善のための基準』から、労働時間の制限についてご紹介します。

長距離移動などにより長時間労働が懸念されるドライバーには、連続した運転時間や休憩時間、休みの取り方など、一般的な労働者とは異なる細かな制限が設けられています。
以下で一つずつ確認していきましょう。

1か月及び1年間における拘束時間の上限規制

長時間の拘束による疲労の蓄積を避けるため、ドライバーの拘束時間(始業時刻から終業時刻までの時間で、労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間)には、原則として1か月293時間という上限規制が設けられています。

ただし、一般労働者と同様に36協定を締結した場合、ドライバーも拘束時間の制限を緩和することが可能です。具体的には、1年の総拘束時間が3516時間(293時間×12ヶ月)を超えない範囲であれば、1年のうち6か月までは、月の拘束時間を320時間まで延長することができます。

1日の拘束時間

次いで1日の拘束時間についてご紹介します。
ここで言う1日とは、日付変更ではなく始業からの24時間を意味しています。この始業を起点とした24時間における拘束時間の上限は13時間です。

例外的に、終業から次の始業までに継続した8時間以上の休息時間を確保できる場合のみ、その上限を16時間に延長できます。ただし、1日の拘束時間が15時間を超えていいのは、1週間につき2回までです。

1日の休息時間

運転を伴う業務における休息時間とは、1日の業務が終了してから次の始業までにドライバーが休める時間を指しており、継続して8時間以上確保するよう定められています。

万が一8時間以上の休息時間を確保するのが難しい場合、1日の間に継続した4時間以上の休息時間を合計10時間以上確保する形で対応可能です。ただし、その回数も、一定の期間内において全勤務回数の半数までという上限があります。

最大運転時間と連続運転時間

拘束時間や労働時間とは別に、事故防止などのためにも、ドライバーには1日の最大運転時間や連続運転時間、休憩の取り方など、下記のような制限が定められています。

    • 連続運転時間: 4時間までとする。
      ただし、運転開始から4時間か4時間経過直後、30分以上の休憩を確保しなければならない。休憩時間を分割する場合、1回の休憩時間を10分以上とし、合計で30分以上とるものとする。
    • 1日の最大運転時間:2日平均で9時間以内
    • 1週間の最大運転時間:2週間ごとの平均で44時間以内

ドライバーの残業時間

現行の『自動車運転者の労働時間などの改善のための基準』では、ドライバーの残業時間については、その上限が設けられていません。
しかし、2024年4月、新たに上限規制が適用される予定となっており、「2024年問題」と呼ばれています。

ここでは、この改正によりドライバーの残業時間の上限がどのように変化するのか、見ていきましょう。

現行の残業時間の考え方

ドライバーの残業時間には上限がないと言うと、いくらでも残業することが出来ると考える人がいるでしょう。
ただし、先述したように労働時間、拘束時間における上限規制が定められていることから、間接的に残業時間についても上限が生じることになります。

全日本トラック協会「トラック運送業界の働き方改革 実現に向けたアクションプラン(解説書)【概要版】」を参考に計算すると、以下のようになります。

前提:1カ月を4.3週、22日勤務、1日1時間休憩

1カ月の労働時間と休憩時間の合計:194時間(40時間×4.3週 + 1時間×22日)
1年間の労働時間と休憩時間の合計:2,328時間

1年間の拘束時間(原則):3,516時間(293時間×12)

1年間の時間外労働時間 :3,516時間 - 2,328時間 = 1,188時間

1,188時間を12か月で割ると、99時間となります。つまり、実質的な残業時間の上限は99時間です。

2024年の法改正における上限規制

上述のとおり、ドライバーの残業時間には上限はなく、労働時間や拘束時間の規制から間接的に制限されていましたが、2019年4月に基準が改定され、明確な上限が設けられました。ただし、この改正の施行には5年間の猶予期間が設定されています。

そして、来る2024 年4月にドライバーにおける残業時間として、年960時間という上限が適用されます。年960時間ということは、月80時間です。改正前の実質的な上限は99時間ですので、改正後も同じような働き方では残業時間の上限を超えてしまう可能性があり、注意が必要です。

また、改正後の上限時間には休日労働を含まないものの、休日労働自体にも2週間に1度までという制限が設定されています。

運送業で注意が必要な労働時間・残業時間

運送業において扱いに注意が必要な時間として、荷物の受け取り待ちや渋滞に巻き込まれた場合など、業務中であるものの仕事を進められていない時間があげられます。こうした時間については、違法に労働時間に換算されていないことも多く、ドライバーの賃金に大きな打撃を与えているのが現状です。

では、実際にはどういった取り決めがなされているのでしょうか。
ここでは、労働時間や賃金計算において誤解されがちな時間について説明していきます。

荷待ち時間

例えば取引先に荷物の受け取りに行ったところ、まだ荷物を用意している最中だったり、他のトラックが荷物を積んでいたりするなど、トラック運転手には多くの場合に荷待ち時間と呼ばれる、いわゆる待機の時間が発生します。

こうした荷待ち時間も、使用者の指揮下にある状態ならば、もちろん労働時間に換算されます。
例えば、トラックから離れて、制服も脱ぎ、会社からの連絡を受けずにいても問題のないような、完全にプライベートな行動を取れる状態でない限り、荷待ち時間は労働時間とみなされます。

この本来は労働時間にあたる荷待ち時間を、会社によっては労働時間として評価していない場合があります。これにより、ドライバーの賃金には未払いが多く発生する現状があるのです。

渋滞に巻き込まれた時間

扱いが誤解されやすい時間としては、荷待ち時間のほかにも、渋滞に巻き込まれた時間があげられます。

たとえ渋滞に巻き込まれようと、それは業務中の十分に想定されたトラブルに過ぎません。そのため、渋滞による到着時間の遅延や、それに伴う労働時間の超過があろうと、その分の時間を労働時間に含めないことは違法です。

渋滞に巻き込まれていた時間、超過した時間のすべてを、労働時間とする必要があります。

固定残業代制(みなし残業)

固定残業代とは、もともとある程度の残業が発生することを見込んで、実際の残業の有無によらず、一定時間の残業代を固定で支払う制度です。残業が多く発生しがちな運送業者の場合、この制度を採用している会社は少なくありません。

固定残業代制を採用していると、いくらでも残業させて良いと認識している会社も存在しますが、これは誤りです。固定残業代を支払っていても、もともと想定された残業時間を超えて働かせた場合、超えた分の残業代を固定残業代に加えてさらに支払う必要があります。
そもそも、固定残業代制が適法に導入されておらず、固定残業代として認められないケースも数多くあります。

固定残業代については、こちらで詳しく解説しています。
「固定残業代とは?違法か判断する4つのポイントと残業代計算方法」

未払いの残業代を請求するには

荷待ち時間などの扱いが誤っており、残業代の未払いが発生していた場合、労働者は会社に対して賃金の請求を行う必要があります。
では、未払いの残業代を請求するには、どのような手順をとればよいのでしょうか。

証拠集め

もし未払いの残業代があった場合、労働者は自分自身でその事実を証明する必要があります。タイムカードや出勤簿といった、いつ、何時間残業したかが記録されている書面ないしデータは有効な証拠となるので、できれば退職前に用意するようにしましょう。タコグラフのように運行時間や走行距離が分かるデータや、実際の支給額が記載されている給与明細もあれば、なお説得力が増します。

証拠の準備が整ったら、正しい賃金計算も労働者が行わなければなりません。また、残業時間は正しいものの、割増率などの誤りから未払いが発生していることもあるため、確認できた労働時間を基に、一から計算し直すことをオススメします。

残業の証拠については、こちらの記事で詳しく解説しています。
「残業の証拠を残すにはどうすればいいのか 」

残業代請求の流れ

以上の作業が完了したら、算出した本来支給されるべき金額を書面にして、使用者(会社側)と直接交渉を行います。

ただし、残業代などの賃金請求には時効が存在するため、たとえ請求を申し出ても、使用者がすぐに対応しなければ、未払いのままとなる可能性もあります。これを避けるためには、必要な書類の準備が整い次第、内容証明郵便によって交渉を開始すると良いでしょう。

残業代を請求する流れについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
「残業代を請求する!未払いがあるケース、請求の流れ、必要な証拠を解説」

まとめ

荷待ち時間や渋滞に巻き込まれた際の残業時間、みなし残業を超えた残業時間、割増率など、トラック運転手にはその労働時間の取り扱いの複雑さから、一般の労働者よりも、未払いの賃金が発生し得る要因多く存在します。

その複雑な賃金計算を自身で行うには、大変な労を要することになるでしょう。また、やっと用意した内容証明を送っても支払いに応じられなかった場合、法的な話し合いや訴訟へと進むことになります。

また、多くの運送会社では、固定残業代制や歩合制などを取り入れ、残業代が発生しにくい賃金体系を作り上げております。そのような会社の場合、法的な主張を駆使して反論を行う必要がございます。

もし未払いの賃金があると気づいたら、まずは弁護士など専門家への相談をオススメします。労働者本人の手を煩うことなく、迅速な問題解決に繋げることができます。

監修弁護士

勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
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