美容師さんたちはよく、美容室の閉店後にカット練習をされていますよね。
技術の向上のために日々努力をされていることかと思いますが、『カット練習の時間って本来であれば労働時間に含まれるではないか(残業ではないか)…?』と疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ここで、カット練習の時間が労働時間に含まれるのかどうかを確認していきましょう。
労働基準法で定められた労働時間とは?
労働基準法で定められている法定労働時間は1日8時間、週40時間です。
法定労働時間を超えて労働させたい場合などには、あらかじめ労使間による協定(36協定)を結ぶ必要があります。
しかし、「36協定を結んであるから何時間でも残業をさせることができる」というわけではありません。労働基準法によって、残業時間には上限が設けられており、月45時間、年360時間を超えて労働させることはできないとされているからです。
また、最高裁は労働時間とは労働者が使用者の指揮命令の下に置かれている時間であるという判決を出しています(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決)。
美容師のカット練習はサービス残業?
本題に戻って、本来の営業時間を過ぎてカット練習に励む美容師さんたちの練習時間は労働時間に該当するのでしょうか?
この問題のキーワードは、先述した最高裁による判例である「労働者が使用者の指揮命令に置かれている時間」です。
例えば、始業時刻が午前9時の会社で、労働者が自発的に午前8時30分に出社した場合、始業前の30分は「労働時間」に含まれません。
しかし、始業時間前の午前8時30分に行われる朝礼に参加することを使用者(※)から指示されている場合は、始業前の30分は労働時間に含まれます。
※使用者…美容院が会社の場合は会社や役員、個人経営の場合は経営者や管理職など。
では、美容師さんが行う営業終了後のカット練習はどうでしょうか。
例えば、使用者がカット練習を指示していた場合は、残業に該当すると考えられます。逆に、指示がなく、労働者が自分の技術を高めるため、自発的にカット練習をしている場合は、労働時間には含まれないでしょう。
判断が難しくなるケースとしては、使用者が美容師さんのカット練習の指導をしている場合です。
使用者の指導のもと練習に励んでいるので残業にあたると考えられますが、労働者がより高い技術取得のために、使用者の指導をお願いしている場合は残業にあたるのかどうかジャッジが必要です。
ただし、参加が義務付けられている、欠席が続くと注意されたり、評価が下がったりするといったペナルティが課せられるような場合は、労働時間にあたると考えるべきでしょう。
美容師の残業代が出ない理由別の注意点
さて、美容師さんに残業代が正しく支払われない理由はカット練習だけではありません。
他に挙げられる理由とその内容を確認していきましょう。
注意点1 名ばかり店長
こちらは美容師に限ったことではありませんが、一般的に「管理職」は残業代が出ません。この制度を悪用して、形だけ「店長」などの肩書きを与えて残業代を支給しないケースは、度々残業代未払いの問題となっています。
労働基準法では管理職のことを「管理監督者」と言うのですが、管理監督者と認められるためには次のような要件を満たす必要があります。
名ばかり店長の場合は、肩書きだけ店長で、実際の職務内容や給与は他の社員と変わらないため、本来であれば残業代を支払われるべき雇用形態であるにもかかわらず、「管理監督者だから」という理由でどれだけ残業をしても残業代が支払われないのです。
このような状況であれば違法であると考えられます。
(名ばかり管理職については、こちらで詳しく解説しています。「「名ばかり管理職」でも残業代は貰えます。」)
注意点2 業務委託
雇用契約を結ぶと、残業代の支払いや社会保険の加入が義務づけられるため、無駄な出費を抑えるために就職直前になって業務委託や請負といった形に変更させられるというケースがあります。
それでも仕事がしたいと業務委託などの雇用形態を受け入れる美容師さんも多いようですが、実際に行っている業務内容や出退勤時間、指揮命令関係の状況が雇用されている他の美容師と変わらないという場合は、残業代が支払われる可能性があります。
注意点3 面貸し(ミラーレンタル)
面貸しとは、他人が経営する美容室の一角を借りて事業を行うことで、この場合の美容師は個人事業主になります。
個人事業主であるため、通常は美容室の経営者から指示や命令を受けることはありません。
面貸しの契約をしているにも関わらず、経営者から業務命令を受けたり、出退勤の時間を定められたりする、経営者の指揮管理下におかれている状況であれば残業代を請求することができる可能性があります。
美容師が残業代を請求するには
まずは自分が行った労働時間を正確に把握しましょう。
通常の業務を行っている時間はもちろんのこと、カット練習や開店・閉店準備などの時間が指揮命令下に置かれているのであれば労働時間だと考えられます。
そのすべての労働時間の合計が法定労働時間を超えていれば残業代がもらえるはずです。
ただし、必ずしも使用者がカット練習の時間などを労働時間だと認めるとは限りません。そういった場合は、自ら労働時間であることを証明しなければなりません。
労働を行った時間の記録についてはタイムカードなどで行うことが望ましいですが、タイムカードを設置していないケースも多いでしょう。
美容室の場合はお客様からの指名がある可能性がありますので、その際は指名を受けていた時間の記録を残しておくと良いでしょう。
また、業務でパソコンを利用している場合は利用時間のログ、メールなどで指示を受けている場合はメールの記録などを残しておくと実際に労働していた時間の証明となる可能性があります。
(タイムカードがない場合については、こちらで詳しく解説しています。「タイムカードがない会社で残業代を請求する方法|違法性、代わりになる証拠を解説」)
証拠を元に労働時間を正しく把握することができれば、後は使用者に直接残業代を支払うことを求めていきます。
その際に大切なことは内容証明郵便を送って、残業代の請求をしたという証拠をきちんと残しておくことです。それでも使用者が対応してくれない場合は、裁判所で労働審判や裁判を行って残業代を請求をすることになります。
(内容証明郵便については、こちらで詳しく解説しています。「残業代請求に必要な内容証明郵便とは?書き方を解説(記載例付き)」)
裁判所で使用者などと対決することになった場合は、法律を元に具体的な話し合いを進めることになることや、後に裁判で争う可能性があることを踏まえて、法律に詳しい弁護士などの専門家に依頼をすることがおすすめです。
まとめ
当たり前のように行われてきた閉店後の美容師さんのカット練習ですが、使用者の指揮命令下である場合など、状況によっては労働時間になることがわかりました。
まずは自分が置かれている状況と、正しい労働時間を把握しましょう。
「これは本当に労働時間になるのだろうか?」「正しい労働時間を把握する方法がよくわからない」「証拠を集めることが困難だ」という場合は、一度弁護士などに相談してみることをおすすめいたします。
監修弁護士
執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
「解決したはいいけど、費用の方が高くついた!」ということのないように、残業代請求については初期費用無料かつ完全成功報酬制となっております。成果がなければ弁護士報酬は0円です。お気軽にご相談ください。