教師の残業の実情
教師の過労死が労災認定されニュースで取り上げられるなど、もはや教師の長時間労働については周知の事実となっています。
長時間労働の原因としては、通常の勤務以外に
・部活の指導やモンスターペアレントに対する必要以上の対応などが求められていることによって、授業や試験の準備を家に持ち帰らなければ間に合わない
・学習指導要領の改定によって学習内容が増えるなど業務が複雑化している
ことなどが挙げられます。
では一体どのぐらい時間外労働をしているのかというと、文部科学省が発表した令和元年度教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査結果によると、令和元年4月~6月に45時間を超える労働を行った割合は次のようになっています。
4月 | 5月 | 6月 | |
小学校 | 51.9% | 51.9% | 53.3% |
中学校 | 66.9% | 66.5% | 66.6% |
高等学校 | 48.1% | 48.0% | 49.8% |
※45時間超~80時間以下、80時間超~100時間以下及び100時間超を合計したもの。
また、厚生労働省のパンフレット「STOP!過労死」に記載されている”時間外・休日労働時間と健康障害リスクの関係”によると、時間外労働などが月45時間を超えて長くなればなるほど健康障害のリスクが高まるとされています。
これらのことから、教師はリスクを伴う長時間の時間外労働をしていることがわかります。
なぜ教師の残業代はほとんど支払われないのか?
では、長時間労働に対する残業代はきちんと支給されているのでしょうか?
一般の労働者は、労働基準法により原則として1日8時間、週40時間以上労働した場合については、割増賃金が支給されます。
教師にも労働基準法は適用されますが、公立学校の教師には「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」が適用されており、給特法第3条には次のように定められています。
第三条 教育職員(校長、副校長及び教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。
2 教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。
この規定は、1960年代に始まった教師の超過勤務問題に対応するための裁判やストライキなどに対する解決策として1971年に制定されたもので、教師の勤務態様の特殊性(※)から時間外勤務手当や休日勤務手当を支給しない代わりに、月給の4%に相当する教職調整額を支給すると定めた法律です。
この規定によって他の公務員と比較して教師の給料が高くなっているのは事実です。
※授業内容にこだわる時間や個人面談にかかる時間は人によって異なることや、部活動や修学旅行がある一方で夏休みなど一日中生徒と向き合う必要が無い時間があるなど、一般的な残業時間の考え方が教師には当てはまらないと考えられています。
しかし、前述したとおり教師の業務は過重傾向にあるため、50年前に定められたこの規定と現在の実態はかけ離れたものとなっています。
だからといって、残業代を請求したくても、給特法により残業代等が支給されないと規定されておりますので、公立学校の教師は残業代請求をすることが困難なのが現状です。
昨今働き方改革が叫ばれ、労働基準法も改正されている中、公立学校の教師だけが昔の制度のまま取り残されている状態になっています。
いくら残業しても残業代は請求できない?!
教師の勤務時間については、給特法第6条によって「教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従い条例で定める場合に限るものとする」と定められています。
政令で定める基準というのは次の通りです。
一 教育職員については、正規の勤務時間の割振りを適正に行い、原則として時間外勤務を命じないものとすること。
二 教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限るものとすること。
イ 校外実習その他生徒の実習に関する業務
ロ 修学旅行その他学校の行事に関する業務
ハ 職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務
ニ 非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務
つまり、原則として公立学校の教師には時間外勤務は命じず、「生徒の実習に関する業務、学校行事に関する業務、職員会議、非常災害の場合」の4項目に限って時間外勤務を命じる建前となっているのです。
ただし、時間外勤務を命じられたとしても教職調整額があるため残業代は出ません。
しかし、公立学校の教師の方々は4項目以外にも多大な業務を抱えており、勤務時間内に業務を終えることは困難であることからサービス残業や持ち帰り残業をしているのが実情で、それらは自主的・自発的に行った労働時間とみなされてしまいます。
では、自主的な労働時間という理由で公立学校の教師にはいくらでも残業をさせてもいいのかというと、そうではありません。
「鳥居裁判」の判決では、直前1か月の時間外労働が120時間を超える状態で勤務していた公立学校の教師が脳内出血で倒れ、脳に障害が残ったというケースについて、次のように述べ、公務災害と認めています。
教育職員が所定勤務時間内に職務遂行の時間が得られなかったため,その勤務時間内に職務を終えられず,やむを得ずその職務を勤務時間外に遂行しなければならなかったときは,勤務時間外に勤務を命ずる旨の個別的な指揮命令がなかったとしても,それが社会通念上必要と認められるものである限り,包括的な職務命令に基づいた勤務時間外の職務遂行と認められ(給特法による包括的な手当で想定されている職務遂行にあたるといえよう。),指揮命令権者の事実上の拘束力下に置かれた公務にあたるというべきであり,それは,準備行為などの職務遂行に必要な付随事務についても同様というべきである。(一審判決文より)
これまでの多くの裁判で、『教師が自主的に働いていた』という理由で原告の訴えが退けられていましたが、この裁判によって具体的な指揮命令が無かったとしても勤務時間外に行った社会通念上必要と認められる労働については公務と認められると判断されたのです。
昨今の動き
公立教師の未払い残業代訴訟
埼玉県の公立教師が未払い残業代242万円を求めて提起した訴訟の判決が、2021年10月に出されました。
この裁判のポイントは「校長は勤務実態を把握しており、明示・黙示の命令の下で業務に従事させている」として、自主的な労働時間とされていた教師の時間外勤務が労働基準法上の労働時間に該当するのではないかという法律判断を求めた点です。
判決は、法定労働時間の規制を超えた労働があったと認めた上で、残業代の支払いは認めませんでした。
しかし、次のとおり給特法に言及したことが注目されています。
・原告の勤務実態を見ると、多くの教育職員が学校長の職務命令などから一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況にあり、もはや教育現場の実情に適合していないのではないかとの思いを抱かざるを得ない
・現場の教育職員の意見に真摯に耳を傾け、勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望む
今後新たな判断が下される可能性がありますし、法改正が行われることも期待されます。
給特法改正
2020年に給特法が改正されています。
改正された内容は次の2つです。
①一年単位の変形労働時間制の適用(休日のまとめ取り等)
一般企業の場合、労働基準法第32条の4によって「労使間の協定によって、1年間の労働時間の平均が1週40時間を超えない範囲内であれば、その期間中に週40時間・1日8時間を超える労働をさせることができる」とされているのが一年単位の変形労働時間制です。
この変形労働時間制について、地方公共団体の判断によって適用することができるようになったため、夏休み期間など労働時間が短くなる期間に休日をまとめて取得するといったことなどができるようになりました。
②業務量の適切な管理等に関する指針の策定
こちらは
「公立学校の教師が所定の勤務時間外に行う業務の多くが、超過勤務命令によらないものであること等を踏まえ、文部科学大臣は、公立学校の教師の健康及び福祉の確保を図ることにより学校教育の水準の維持向上に資するため、教育職員の業務量の適切な管理等に関する指針を定めるものとする。」
とされています。
具体的には
・教師の在校時間の上限を定める
・在校時間をICTやタイムカードなどによって管理する
・休憩時間や休日を労働基準法の規定に沿って確保するようにする
・一定の在校時間を超えた教師については面談を実施する
といった措置が取られるようになりました。
しかし、このどちらも残業代を支払うという内容ではなく、あくまで働き方を見直しましょうといった内容となっています。
残業代をもらうための対処法
では残業代をもらうにはどうしたらよいでしょうか。
まず一つ目は私立学校に転職するという方法です。
私立の学校の場合は一般企業と同じく労働基準法などが適用されますので、給特法による教職調整額の縛りはありません。そのため、自分が行った残業時間分適切に残業代をもらえるようになる可能性があります。
次は、特別手当を受け取るという方法です。
部活動指導や修学旅行指導などを行った場合には特別手当が支給されます。
ただし、この手当は例えば部活動指導の場合、2~4時間で 1,800円、土日4時間程度で3,600円(4時間以下の場合0円)と、一般企業の残業代や休日手当と比較するとかなり少額となります。
他には損害賠償請求をする方法もあります。
100時間を超える時間外勤務を行っていた教師について、学校側が認識していたにも関わらず措置を執らなかったことに対して安全配慮義務違反にあたるとして損害賠償を命じた裁判例があります。
しかし、残業代請求と同様に「自主的な労働時間だった」とされて教師側が敗訴する可能性が高いのも事実です。
まとめ
公立学校の教師の残業は、教職調整額があることや自主的な労働時間であると判断されることなどから未だ支払われていないのが現状です。
しかし、昨今の公立教師の厳しい労働環境に鑑みれば、今後の裁判所の判断に影響が出てくる可能性があるため、今後の裁判などの展開や、それらが与える影響力について注意深く見守っていく必要があります。
ただし、自分の労働時間が長すぎ、既に心身に影響があるという場合は、今後の展開を待たずに一度弁護士に相談してみることをおすすめします。