企業で働く人の中には、セールスマンや添乗員など事業所外で働くことがほとんどで、正確な労働時間を把握することが難しい働き方をしている方がいらっしゃいます。
そういった方々の労働時間について、実際の労働時間に関わらず「所定労働時間(※)分労働したこととみなす」ことができるのが「事業場外みなし労働時間制」という制度です。
※所定労働時間…就業規則や労使間で交わされた契約によって定められた労働時間のこと。

しかし、この制度を悪用することで残業代が支払われなくなるなど、この制度については度々問題になっています。
そのため、導入されている企業で働く労働者はしっかりと知識を得ておいたほうが良い制度でもあります。
事業場外みなし労働時間制の概要や適用条件、適用された場合に残業代はどうなるのかなどについて詳しくみていきましょう。

1. 事業場外みなし労働時間制とは

会社の仕事は、デスクワークばかりではありません。外回りの営業や出張が多い職種など、会社外での活動を主たる業務とする人も数多くいますが、こういった業務を行う方々については「労働時間の管理が難しい」という問題が生じます。

そこで、活用されるのが「事業場外みなし労働時間制」と呼ばれる労働法上の制度です。
これは、労働基準法に定められた要件を満たした場合、実際の労働時間数にかかわらず所定労働時間労働したとみなすことができるという制度です。

では、事業場外みなし労働時間制が認められる要件とは何なのでしょうか。労働基準法第38条の2には、以下の2点が定められています。

労働者が労働時間の全部又は一部において事業場外で業務に従事していること 労働時間の算定が困難であること

まず、要件1についてはみなし労働時間制を使うことのできる場面を限定しています。先ほども述べた通り、主に会社の外で働く人が対象になります。
次に、要件2では労働時間の算定が難しいことが要件として挙げられています。この点について、会社側にとって主観的に算定が難しいというだけでは足りず、実際の就労状態から、客観的にみて算定が難しいといえなければならないとされています。

したがって、会社と労働者の間で「計算が面倒だから、みなし労働時間制にしましょう」と合意をしたとしても、要件2を満たさない限りこの制度を採用することはできないのです。
また、はじめに設定されるみなし労働時間は「通常業務に必要な時間」に基づいて算出されます。この決定にあたっては、労使協定を結ぶことも可能です。

なお、この制度は労働時間の算定に関する特例であるため、休日労働・深夜残業の規制は及びます。

2. 問題点

一見便利そうに見える「事業場外みなし労働時間制」ですが、前述したとおり問題も多くあります。
具体的にどういった問題が起こるのか把握しておきましょう。

①サービス残業の横行

みなし労働時間制度ではあらかじめ決定した所定労働時間をもとに賃金の計算が行われるため、実際に働いた時間にかかわらず賃金が支払われることになります。
そのため、長く働いても残業代が支払われない、という事態が生じてしまいます。

前提として、残業代は法定労働時間である1日8時間(週40時間)を超えて働いた「時間外労働」に対して支払われる割増賃金です。
しかし、みなし労働時間制を導入して所定労働時間を1日8時間と設定した場合には、10時間働いても12時間働いても「8時間」しか働いたことにならず、実際に働いた分の残業代は支払われないということになります。
悪質な会社の中には、この制度を悪用して残業代の支払いを免れようとするところもありますので、注意しましょう。

➁要件を満たさずに、事業場外みなし労働時間制を採用している

これは会社側の問題です。事業場外みなし労働時間制を導入するためには、「労働時間の算定が困難であること」が必要だと述べましたが、この要件を満たすのは非常に難しいのです。
事業場外みなし労働時間制を採用している会社も多いですが、以下のように、裁判ではほとんどのケースで「労働時間の算定が困難である」とは認められず、企業に対して残業代の支払いを命じています。

3.事業場外みなし労働時間制に関する裁判例

阪急トラベルサポート事件

事業場外みなし労働時間制で働いていた旅行のツアーガイドが、残業代を請求した裁判です。
ツアーガイドは原則8時~20時まで11時間の労働時間(休憩1時間)で契約していましたが、実際は11時間を超えて労働をする日があったと主張し、残業代の支払いを求めました。
会社側は、事業場外みなし労働時間制を採用していることを理由に残業代の支払いを拒否しました。

しかし、ツアーガイドは、
・日程表やマニュアルによって具体的な業務の指示があり、それに従うこと
・ツアー中は常に携帯電話の電源を入れておくこと
・ツアー客とのトラブルやクレーム、日程の変更が必要になった場合は報告し、指示を受けること
・ツアー終了後は添乗日報などによる報告をすること

などを求められていたため、会社の具体的な指示があり、具体的な業務内容を把握することが困難であったとは認めがたいとてし、労働時間の算定が難しいとはいえないと判断されました。
そのため事業場外みなし労働時間制が認められず、会社側が敗訴したという事件です。

光和商事事件

こちらは営業職についていた従業員が、退職後に残業代を請求した事件です。
先ほどと同じで、事業場外みなし労働時間制を採用していることを理由に会社は残業代の支払いを拒んだのですが、この事件では

・勤務時間が決められていた
・毎朝実施される朝礼に出席してから外出し、午後6時までに帰社し、清掃して終業となっていた
・メモ書き程度だが日々予定表を会社に提出していた。また、その予定表の行動内容を会社に報告した場合は会社側が予定表に抹消線を引くなどしていた
・営業職の社員は全員、会社の携帯電話を所持していた
・タイムカードを打刻していた(出勤や遅刻の管理のためとはいえ継続して打刻していた)

ということを行っていたため、この事件でも労働時間を算定することが難しいとはいえず、事業場外みなし労働時間制は認められませんでした。

4.テレワークに事業場外みなし労働時間制は適用できるか?

最近では、会社ではなく在宅勤務などで会社以外の場所で仕事をする人も増えました。テレワークに事業場外みなし労働時間制は採用できるのかを見ていきましょう。
テレワークの場合は、要件1(労働者が労働時間の全部又は一部において事業場外で業務に従事していること)を満たすことは明白です。そのため要件2(労働時間の算定が困難であること)が問題となります。
テレワークについて多くの場合はインターネット環境を利用して業務を行うため、使用者が指揮監督をすることや労働時間の算定をすることはある程度可能となります。そのため、必ずしも要件2を満たすことにはなりません。
要件2をクリアするためには具体的に次の条件を満たす必要があります。

  1. 自宅で行われること
    自宅は日常生活と業務時間が混同してしまう可能性が高いため、労働時間の算定が困難になります。
    社外でも、自宅とは隔離された場所で仕事だけに集中できる状況である場合は、労働時間の算定ができるため、要件②を満たしません。
  2. 常に通信可能な状況にない
    携帯電話やパソコンなどを用いて常に使用者が労働者と連絡を取ることが可能で、具体的な指示などのやりとりを随時行える場合は要件②を満たしません。
    パソコンから離れることが自由に行えたり、通信できない状況が発生する場合がこの「常に通信可能な状況にない」という条件になります。
  3. 使用者の具体的な指示による業務ではない
    使用者が業務について具体的な目的や期限などの指示を行っていないということが求められます。
    具体的な指示等がある場合は要件②に該当するためです。

つまり、自宅で行うテレワークだとしても常に連絡がとれる状況にあり、具体的な指示ができる場合は事業場外みなし労働時間制を適用できないということです。
インターネット環境が充実している現在では、テレワークだからと言って事業場外みなし労働時間制が適用されることは難しいと言えるでしょう。

5.事業場外みなし労働時間制でも残業代は請求できるか?

適法な事業場外みなし労働時間制が採用されていても、残業代の請求ができるケースがあります。
例えば所定労働時間が8時間と定められているのに、業務の完了に10時間かかる場合、超過した2時間分は残業代を請求することができるのです。
これは「通常業務に必要な時間」が労働時間となるためです。
所定労働時間では終わらない業務量を課していた場合、会社側は従業員を働かせ放題になってしまいます。そうならないために「通常業務に必要な時間」を労働時間とすることとしているのです。
ただし、だからといって事業場外みなし労働時間制を採用している企業が簡単に時間外労働を認めるとは考えられませんので、未払い残業代がある場合は法定労働時間を超える労働時間であることを自ら証明しなければなりません。
(残業代の証拠についてはこちらで解説していますので、ご覧ください。「残業の証拠を残すにはどうすればいいのか」)

まとめ

事業場外みなし労働時間制は通信手段の発達によって適用できるケースが少なくなってきていますので、残業代が支払われない労働者は「自分の仕事は要件を満たしていないから、みなし労働時間制は適用できない」と主張できる可能性が高いです。
外回りの営業だから残業代は出ないなどと諦めないで、少しでも残業代を請求できる可能性があると思われる方は是非一度弁護士にご相談ください。

監修弁護士

勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
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