皆さんは、2020年に労働基準法が改正されたことをご存知でしょうか。
この改正では「時間外労働の上限規制」や「36協定の届出」など、複数の項目が対象になりましたが、その中には残業代に関する項目も含まれています。
それが、「残業代の時効」についてです。2020年の法改正による「残業代の時効」は、今年2022年4月よりその効力を発揮しています。

そこで今回は、この2020年の労働基準法改正に伴う「残業代の時効」について、詳しく解説していきます。

2020年の残業代の時効に関する労働基準法改正の内容をおさらい

まずは、2020年の労働基準法改正における「残業代の時効」について、変更内容をおさらいしておきましょう。

旧法における残業代の時効

労働者が本来支払われるべき賃金を事業主から受け取れていない場合、その労働者には賃金請求権が発生します。賃金請求権に基づき、労働者は事業主に未払い賃金の請求を行うことが可能です。
この賃金請求権は、旧法では消滅時効期間が2年と定められていました。

この法律により、労働者による会社への未払い残業代の請求は、未払いが発生してから2年以内のものしか有効とされてきませんでした。
これが、いわゆる「残業代の時効」というものです。

時効は2年から5年、経過措置として3年に

2020年の労働基準法改正では、「残業代の時効」に関する条文は下記のように変更されました。

●労働基準法 第115条
“この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間〜(中略)〜行わない場合においては、時効によつて消滅する。”

●労働基準法 第143条②
“第百十四条の規定の適用については、当分の間、同条ただし書中「五年」とあるのは、「三年」とする。”

つまり、それまで2年とされていた「残業代の時効」が、5年に延長されることになったのです。
ただ、いきなり残業代の時効を2年から5年に変更してしまうと、経営者側の負担が大きいと反発があったため、経過措置として「当面の間、残業代の時効は3年」と定めることになりました。これについては、労働基準法第143条に記載されています。

この変更によって、2020年4月1日以降に発生した残業代の請求については、時効は3年になりました。
ただし2020年3月31日以前に発生した残業代の請求については、時効は2年のままなので注意しましょう。

そもそも今回の「残業代の時効の変更」は、民法の改正によって、あらゆる債権の時効が5年に統一されたことを受けたものです。
「残業代の時効」については、現在は経過措置として3年に定められていますが、将来的には条文通り5年になると予想されます。

2022年4月から時効3年に延長された効力を発揮する

前述の通り、それまで2年だった「残業代の時効」は2020年4月から3年に延長されました。
この延長による実際の効力は、2022年4月から発揮されることとなります。

例えば、旧法のままの場合、2020年4月に発生した未払い残業代の請求権は、2022年4月で消滅となるはずでした。しかし、時効が延長されたことにより、2020年4月に発生した未払い残業代の請求権は2022年4月に入っても消滅せず、2023年4月まで有効となります。

「残業代の時効」の延長により、未払い残業代の請求可能期間は延びています。これにより、「より長期間遡って未払い残業代を請求できるようになる」点は、労働者にとって大きなメリットとなるでしょう。

また、退職後に未払いの残業代を請求しようと考えている方で、2022~2023年に退職予定の方は、退職時期によって残業代を請求できる期間が変わってきますので、退職時期を決める際にその点も考慮するといいでしょう。
2022年3月に退職した場合は約2年分の残業代請求しかできませんが、2023年3月に退職すれば3年分の残業代を請求することが可能です。

将来的に「残業代の時効」が5年となれば、労働者はさらに長期間遡って未払い残業代を請求できるようになります。

残業代の時効3年は具体的にいつ?時効3年のカウントの仕方

法改正で「残業代の時効」が3年となったわけですが、この3年という期間がいつからいつまでを指すのか、疑問に思う方もいるでしょう。ここでは、時効のカウントの仕方をご説明します。

「残業代の時効」の起算点は、賃金支払い日と定められています。つまり、本来残業代が支給されるはずだった給料日から起算して3年間は、未払い残業代を請求できるということです。
具体例を表で見てみましょう。

● 月末締め、翌月20日給料日の場合

未払い残業代 起算日(給料日) 未払い残業代請求権の時効
2020/2/1〜2/29に行った残業代(2月分) 2020/3/20 2022/3/20
2020/3/1〜3/31に行った残業代(3月分) 2020/4/20 2023/4/20
2020/4/1〜4/30に行った残業代(4月分) 2020/5/20 2023/5/20

このように、「残業代の時効」は、起算日を給料日、時効は3年後(2年後)の同給料日としてカウントします。
給料日が2020年4月以降かどうかで時効が異なりますので、注意してください。

残業代の時効が間近に迫っている場合、どうすればいいか?

「残業代の時効」が間近に迫っている場合には、以下のような方法で時効を延長できる可能性があります。

・催告
・時効の更新
・時効の完成猶予

詳しく説明していきましょう。

催告

催告とは、会社に対して支払い請求を行うことです。催告を行うことによって、催告の意思表示が到達した時点から6ヶ月間、時効を延長することが可能になります。
催告には内容証明郵便を用いるのが一般的です。内容証明郵便を用いることにより、催告を行ったことを証拠として残すことができます。

ただし、催告を行っても、「残業代の時効」はまたやってきます。催告で時効を延長している間に、速やかにさらなる請求手続きを進めるようにしましょう。

時効の更新

時効の更新とは、一定の事由が発生した場合に、時効の経過期間をリセットして、再度0から時効のカウントを開始できるという決まりのことです。
例えば、残業代請求の起算日から1年が経過していたとしても、一定の事由が発生して時効の更新が可能になれば、経過した1年はリセットされ、その時点から新しく時効期間のカウントを始めることができます。

ただし、時効の更新を行うためには、一定の事由が必要です。「残業代の時効」において、一定の事由として認められるものには、以下のようなものがあります。

・裁判
・労働審判の申立
・強制執行
・債務承認(会社が残業代の未払いがあることを認める)

時効の完成猶予

時効の完成猶予とは、時効が来ても一定期間は時効が成立しないようにできる仕組みのことです。
時効の完成を猶予するには、一定の事由が必要です。その例を見てみましょう。

・裁判
・強制執行
・催告
・仮差押
・協議を行うことに対する合意
・天災 等

先ほどご紹介した催告は、時効の完成猶予のための一手段となります。

「催告」や「時効の更新」、「時効の完成猶予」のための手続きには専門知識が必要で、一般の方が自ら手続きを進めることは困難です。スムーズに手続きを進めるには、労働問題を得意とする弁護士の手を借りると良いでしょう。

2023年の残業代に関する変更点

最後に、2023年の残業代の取り扱いに関する変更点についても確認しておきましょう。

従業員が法定時間外労働を行った場合、会社はその従業員に対し、割増賃金を支払う必要があります。
この割増賃金は通常25%割増の金額になりますが、1ヶ月に60時間を超えた分の法定時間外労働に対しては、大企業の場合、50%割増の割増賃金を支払わなくてはなりません。ただし、中小企業については、1ヶ月に60時間を超えた分の法定時間外労働に対しても、25%の割増賃金を支払えばよいと、猶予されてきました。

2023年には、この中小企業の扱いが変更になります。
中小企業にも、1ヶ月に60時間を超えた分の法定時間外労働に対する50%割増の割増賃金の支払いが適用されるようになるのです。

この変更は、働き方改革の一環です。
より良い経営を続けていくためには、企業は割増率の変更が適用されるまでに、残業や業務効率についての見直しを行う必要があります。

まとめ

法改正により、「残業代の時効」は2年から3年に変更されました。これにより労働者は、より長期間遡って、未払い残業代を請求することが可能になります。

未払い残業代の請求権は、労働者の重要な権利です。自身の残業代の実態とその請求の時効を把握し、未払い残業代が発生している場合には然るべき手続きを行いましょう。
また、自身で残業代の実態を把握したり、手続きを進めたりするのが難しい場合には、一度弁護士にご相談ください。弁護士の積極的なサポートを受ければ、未払い残業代の請求に必要な証拠集めや会社との交渉を有利に進められる可能性があります。