ご紹介する判例:一心屋事件(東京地判平成30年7月27日 労判1213号72頁、労経速2364号24頁)
当事務所が原告である従業員の代理人として担当した事件について、東京地方裁判所は、会社が作成したタイムカードの退勤時刻は実際の退勤時刻を正しく反映していないとして、そのまま労働時間認定の資料とすることを否定し、過去の勤務実績等から労働時間を推計して、未払割増賃金701万4575円の支払いを命じました。
また、原告は業務中の労災事故により休職した後、復職を申し出ましたが、会社から勤務内容の変更とともに賃金の減額を提示され、その内容への同意を求められました。
裁判所は、この賃金減額は会社が一方的に決定できるものではなく、少なくとも一定期間については、会社が労働者の就労を受け入れなかったことについて会社側に責任があるとして、復職できなかった期間の賃金121万7367円の支払いも命じました。
本判決は確定し、「労働判例」1213号72頁及び「労働経済判例速報」2364号24頁に掲載されています。
目次
早朝から夜まで続く勤務
原告は、弁当等の製造・配送を行う会社に勤務し、調理、盛付け、配送、回収、清掃、洗浄など、複数の業務を担当していました。
勤務内容は時期によって変わっていましたが、例えば、午前5時ないし6時ころまでに出勤して盛付けを行い、その後配送・回収業務を行い、会社に戻って洗浄作業に従事して、午後7時から10時ころに退社するという勤務が行われていました。
別の時期には、午前3時ころから調理業務を開始していました。
裁判所も、原告が相当長時間にわたって勤務していたこと自体を認定しています。
突然、タイムカードの退勤時刻が午後3時台・4時台に
この事件で大きな問題となったのが、労働時間をどのように認定するかでした。
もともと原告は、自分でタイムカードを打刻していました。ところが、平成26年11月4日から会社は、「社員のタイムカードの退社の打刻をCが行うので、社員は退社時に打刻しないように」との業務連絡を出しました。その翌日以降、原告のタイムカードには、退勤時刻として午後3時台や4時台の時刻が多数記録されるようになりました。
会社側は、このタイムカードこそが労働時間を示す客観的な証拠であると主張しました。
これに対し、当事務所では、このタイムカードは実際の退勤時刻を反映していないと主張しました。
会社自身の主張とも矛盾していたタイムカード
タイムカードの記載には、非常に不自然な点がありました。
例えば会社自身、ある時期の原告について、午後6時ころまで配送業務を行っていたことを認めていました。ところが、その同じ期間のタイムカードには、午後3時台や4時台に退勤したことになっている日が多数ありました。会社の主張を前提としても、午後6時まで配送をしていた従業員が、その数時間前に退勤していることになります。
裁判所は、この矛盾を明確に指摘しました。
さらに、他の複数の社員のタイムカードについても、退勤時刻が同一時刻、あるいはわずか1分違いで記録されているものが多数ありました。また、別の従業員について、実際には存在しない別名義のタイムカードを使用する運用に会社が関与していたという事情も認定されました。
こうした事情を総合して、裁判所は、平成26年11月4日以降の原告のタイムカードに記載された平日の退勤時刻について、「原告の退勤時刻を正しく反映したものと解することはできない」と判断しました。
当事務所は複数の方法で労働時間を主張
もっとも、会社のタイムカードが信用できないからといって、それだけで原告の主張する労働時間が当然に認められるわけではありません。
原告は、会社が自分で退勤時刻を打刻することを禁止したため、仕事が終わるころに妻へ電話し、妻がその時刻を手帳に記録していました。
そこで当事務所では、まず、この手帳の記録に基づいて退勤時刻を認定すべきであると主張しました。
一方で、手帳の記録がそのまま採用されない場合に備えて、少なくとも午後8時までは勤務していたと認定すべきであるという主張、さらに、それも認められない場合には、原告自身がタイムカードを打刻していた時期の実績を使って労働時間を推計すべきであるという主張も行いました。
具体的には、正常なタイムカードが残っていた期間の平均時間外労働時間から、平均的な退勤時刻を午後7時31分として計算すべきであると主張しました。
妻の手帳は採用されなかったが、過去の実績から労働時間を推計
裁判所は、原告の妻の手帳については、ETC利用明細との間に矛盾する日があり、中には3時間以上のずれがあることなどから、その記載をそのまま退勤時刻として認定することはできないと判断しました。
しかし、そこで原告の残業時間を否定したわけではありませんでした。
裁判所は、会社のタイムカードも実際の退勤時刻を反映していないと認定した上で、会社によるタイムカードの運用が変わる前後で、原告の具体的な仕事内容が変わったとは認められないことに着目しました。
そして、原告自身が正常にタイムカードを打刻していた平成26年4月21日から同年11月3日までの平日の平均退勤時刻を計算し退勤時刻を推定しました。
その結果、未払割増賃金として701万4575円が認められました。
「タイムカードがあるから正しい」とは限らない
残業代事件では、タイムカードは非常に重要な証拠です。
通常であれば、タイムカードの打刻時刻は労働時間を認定する上で重要な客観資料となります。
しかし、本判決が示しているのは、「タイムカード」という形式の記録が存在することと、その記録が本当に労働時間を正しく記録していることとは別問題だということです。
本件では、会社の労働時間管理に問題があったため、請求期間の全てについて正確な退勤時刻を直接示す資料がありませんでした。
それでも裁判所は、資料がないことを理由に残業代請求を否定するのではなく、信頼できる期間の実績と実際の仕事内容を用いて労働時間を推計しました。
この点は、労働時間を示す資料が不完全な残業代事件を考える上で、実務上参考になる判断だと考えています。
労災からの復職と賃金減額
この事件では、残業代とは別に、労災休職後の復職条件も争われました。
原告は業務中の事故で休職した後、医師から就労可能との診断を受け、平成28年10月に復職を申し入れました。これに対し会社は、勤務を調理部の洗浄室に限定するとともに、一部手当の廃止や通勤手当の減額を提示し、その内容への同意書への署名を求めました。
原告は条件変更には同意しないものの復職する意思を示し、実際に出勤しましたが、タイムカードは用意されておらず、会社からは同意書への署名を求められました。そのため、この日は就労できませんでした。
会社側は、安全面に配慮して仕事内容を変更しただけで、復職自体を拒否したわけではないと主張しました。裁判所も、労災事故後に勤務内容を変更すること自体は人事権の範囲内であり、職務変更に伴って一部の手当がなくなることもあり得るとしました。
しかし、月額7万円の時間外手当や通勤手当の減額については、仕事内容の変更から当然に導かれるものではなく、原告の同意なく一方的に変更することはできないと判断しました。
その上で、当時の会社の対応は、客観的に見て、賃金減額等を内容とする同意書に署名しない限り就労を受け入れない態度であったと評価しました。
このため、平成28年10月11日から、会社が休職前と同額の賃金での復職を提示した平成29年1月24日までについて、原告が働けなかったのは会社側の責任によるものと認め、月額35万1600円を基準として121万7367円の賃金支払いを命じました。
本判決の意義
本判決には、大きく二つの実務上の意味があると考えています。
一つは、会社側に労働時間を示すタイムカードが存在していても、その記載が実際の労働時間と整合しなければ、その信用性が否定され得ることを具体的に示した点です。
本件では、会社自身が認めている仕事内容とタイムカードが矛盾していること、複数の社員についてほぼ同じ退勤時刻が記録されていること、打刻方法が途中で会社による打刻に変更されていることなどが詳細に検討されました。
そして、正確な記録が存在しない期間について、信頼できる過去のタイムカードと仕事内容から労働時間を推計しました。
残業代請求では、使用者による労働時間管理が不十分であるがゆえに、労働者側にも完全な証拠が残っていないということがあります。
そのような場合に、残された客観資料や業務内容からどのように労働時間を立証するかという点で、本判決は参考になります。
もう一つは、休職からの復職に際して、会社が仕事内容を変更できる場合であっても、それに伴う賃金減額まで当然に認められるわけではないことを示した点です。
特に、賃金減額への同意を事実上の復職条件とした場合、労働者が働けなかったことについて会社側の責任が認められ、働いていない期間についても賃金支払義務が生じる可能性があります。
復職時の配置、賃金変更、労働条件変更と賃金請求という問題を考える上でも参考になる裁判例だと考えています。
担当弁護士のコメント
この事件で特に難しかったのは、会社側に「タイムカード」という一見すると非常に強い客観証拠が存在していたことでした。
ただ、その内容をよく見ると、会社自身が午後6時ころまで配送業務をしていたと認めている日に、タイムカードでは午後3時台や4時台に退勤していることになっているなど、実際の仕事とどう考えても整合しない部分がありました。
「タイムカードだから正しい」というところで止まらず、誰が打刻したのか、いつから運用が変わったのか、実際の仕事内容と合っているのか、他の従業員の打刻はどうなっているのかを一つずつ確認していくことが重要な事件でした。
一方で、こちらが提出した原告の妻の手帳にも不正確な部分があり、裁判所はその記録をそのまま採用してくれませんでした。
そのため、この事件では、一つの証拠だけに依存せず、妻の手帳による立証が認められない場合にはどのように労働時間を認定すべきかという予備的な主張も重ねていました。
結果として裁判所は、妻の手帳は採用しなかったものの、会社のタイムカードも信用できないと判断し、会社による打刻が始まる前の正常なタイムカードから平均退勤時刻を算出して、その後の労働時間を推計しました。
この判断を読んだときは、証拠が完全にそろっていない事件でも、仕事の実態と残された資料を丁寧に積み上げれば、裁判所はきちんと労働時間を認定してくれるのだと改めて感じました。
残業代事件では、会社が適切な労働時間管理をしていなかった結果として正確な資料が存在しないにもかかわらず、「証拠がないから残業代は払わない」という主張がされることがあります。
本件は、そのような場合でも、残された資料を組み合わせて労働時間を立証する方法があることを示した事件だったと思います。
復職の問題も印象に残っています。
労災事故後ですから、会社が本人の安全に配慮して仕事を変更すること自体には合理性があります。裁判所もその点は認めています。
しかし、「安全のために仕事を変える」ということと、「それを理由に従来の賃金を当然に減らす」ということは別の問題です。
さらに、減額に同意しなければ事実上仕事に戻れないという状態を作ってしまえば、労働者が実際に働いていなくても会社に賃金支払義務が生じる場合があります。
会社側の人事権を全て否定するのではなく、どこまでは会社の裁量として許され、どこからが本人の同意を必要とする労働条件の変更になるのかを具体的に区別した点も、この判決の面白いところだと思っています。
最終的には、未払割増賃金として701万4575円、復職できなかった期間の賃金として121万7367円が認められました。
労働時間の立証と復職時の賃金変更という二つの問題について、実務上参考になる判断を得ることができた事件でした。
一心屋事件(東京地判平成30年7月27日 労判1213号72頁、労経速2364号24頁)
監修弁護士
執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
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