ご紹介する判例:熊本総合運輸事件(熊本地判令和3年7月13日、福岡高判令和4年1月21日、最二小判令和5年3月10日裁時1811号14頁・労判1284号5頁)

勝浦総合法律事務所が、熊本地裁、福岡高裁、最高裁まで一貫してトラック運転手(原告)の代理人を務めた事件(令和4年(受)第1019号)について、令和5年3月10日、最高裁第二小法廷は、福岡高裁判決のうち当方の請求を棄却した部分を破棄し、同高裁に差し戻す判決を言い渡しました。

本判決は、労働判例1284号5頁、判例時報2571号95頁、判例タイムズ1510号150頁などに掲載され、令和5年度重要判例解説にも取り上げられるなど、多数の評釈・解説が公表されています。

 

本件(熊本総合運輸事件)は、運送会社のトラック運転手が、未払いの残業代(割増賃金)と付加金の支払いを求めた事案です。会社は、運行内容等に応じて毎月の賃金総額を先に決め、そこから基本給等を差し引いた残額を「割増賃金」として支給していました。この割増賃金は、法定の計算方法で算定した「残業手当」等と、その残りである「調整手当」から成っていました。

熊本地裁及び福岡高裁は、「調整手当」は割増賃金の支払いと認めなかった一方、「残業手当」等は有効な割増賃金の支払いと認めました。

最高裁は、両者を切り離して判断すること自体が誤りであるとしました。そして、割増賃金全体について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できず、割増賃金が支払われたとは認められないと判断しました。

 

一見すると普通の給与体系

会社は、平成27年に労働基準監督署から労働時間の適正な管理について指導を受けたことを契機に就業規則を変更し、新しい給与体系を導入しました。デジタルタコグラフで労働時間を把握し、基本給(依頼者の場合は月額12万円)、基本歩合給(1日500円)、勤続手当(以下「基本給等」といいます。)を通常の労働時間の賃金として、法定の計算方法で「残業手当」「深夜割増手当」「休日割増手当」(以下「残業手当等」といいます。)を算定する仕組みです。形式だけを見れば、ごく普通の給与体系のようにも見えます。

しかし、会社は、従前と同様に、運行内容等に応じて毎月の賃金総額を先に決め、そこから基本給等と残業手当等を差し引いた残額を「調整手当」として支給していました。そのため、残業手当等が1万円増えれば、原則としてその分だけ調整手当が1万円減り、賃金総額は変わりません。

しかも、賃金総額や総労働時間は導入前後でほとんど変わらない一方、基本歩合給は大幅に減額され、調整手当が新設されていました。依頼者の時間外労働等は月平均80時間弱でしたが、19か月間の支給額は、残業手当等が合計約170万円、調整手当が合計約203万円と、調整手当のほうが上回っていました。

地裁・高裁の判断

地裁及び高裁も、賃金総額がほとんど変わっていないことは認定していました。ただ、この事実を、就業規則の変更を有効とする方向の事情として使いました。

他方、調整手当については、付け替えの実質を認めていました。地裁は、旧給与体系で歩合給ないし基礎賃金とされていた給与に相当するものを調整手当に位置付け、従前の給与から減額が生じないようにする「調整弁」として利用していたにすぎないとし、「固定残業代にすら当たらない」とまで述べています。高裁も、調整手当という名称を付けて技巧的に区分しているにすぎないと判断しました。

ところが、この認定を残業手当等には及ぼさず、調整手当と切り離して、残業手当等だけを有効な割増賃金の支払いと認めました。地裁は、実際の労働時間に基づき就業規則の定めどおりに算定されていることを理由とし、高裁は、基本給とは別に支給され金額を計算できることや、一応の説明があったことも挙げています。当方は、残業手当等についても割増賃金の支払いとは認められないと主張しましたが、受け入れられませんでした。その結果、地裁の認容額は、未払割増賃金約141万円(遅延損害金を含めて約187万円)と付加金約90万円にとどまり、請求額(割増賃金約813万円、付加金約473万円)を大幅に下回りました。

さらに高裁は、会社が地裁判決後に認容額(遅延損害金を含めて約225万円)を支払っていたことから、もはや未払賃金はなく付加金も命じられないとして、地裁判決のうち会社敗訴部分を取り消し、当方の請求を棄却しました。

最高裁の判断

当方は最高裁に上告受理申立てを行い、これが受理されました。最高裁は、裁判官全員一致で、福岡高裁判決のうち当方の請求を棄却した部分を破棄し、差し戻しました。

まず、労働基準法37条は、同条等の方法で算定された額を下回らない割増賃金の支払いを義務付けるにとどまります。そのため、使用者は、それ以外の方法で算定した手当を時間外労働等の対価として支払うことで割増賃金を支払うこともできます。ただし、そのためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要です。ある手当が時間外労働等の対価とされているかは、契約書等の記載のほか、使用者の説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの諸般の事情を考慮し、手当の名称や算定方法だけでなく、賃金体系全体における位置付けにも留意して判断します(日本ケミカル事件・最一小判平成30年7月19日、国際自動車事件・最一小判令和2年3月30日)。

そのうえで、最高裁は次の点を指摘しました。

  • 残業手当等と調整手当は、前者の額が決まれば当然に後者の額が決まる関係にあり、両者の区別には、「計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味」を見いだせない。したがって、残業手当等だけでなく、両者から成る割増賃金全体が時間外労働等の対価とされているかを問題とすべきである。
  • 会社は、賃金総額の算定は従前どおりとしたまま、旧給与体系で通常の労働時間の賃金と位置付けていた基本歩合給の相当部分を調整手当に移した。基本給等のみを通常の労働時間の賃金とすると、その額は1時間当たり平均約840円となり、従前の1300〜1400円程度から大きく減少する。
  • 月80時間弱の時間外労働に対し、それを前提とする残業手当等を上回る調整手当が支払われている。割増賃金全体を時間外労働等の対価と仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い長時間の残業を見込んだ給与体系になる。
  • 新給与体系の導入時に、こうした変化について十分な説明がされたともうかがわれない。

以上から、最高裁は、新給与体系は、その実質において、旧給与体系で通常の労働時間の賃金だった基本歩合給の一部について「名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系」であるとしました。そして、割増賃金には通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が相当程度含まれ、両者を判別できないから、残業手当等の支払いによっても割増賃金が支払われたとはいえない、と判断しました。

つまり、「賃金総額がほとんど変わっていない」という同じ事実が、下級審では就業規則変更を有効とする方向で、最高裁では通常の労働時間の賃金を名目だけ割増賃金に置き換えたことを基礎づける方向で評価されたことになります。ただし、最高裁は就業規則変更の有効性そのものを判断したわけではなく、割増賃金として判別できるかを検討する中で、旧給与体系からの変化を重視したものです。

なお、草野耕一裁判官の補足意見は、固定残業代制度には経済合理性がありうることを認めつつも、本来は通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が名目上は時間外労働の対価に含まれている「脱法的事態」に至っては、その支払いを割増賃金の支払いと認めるべきではないとしています。

本判決の意義

本判決は、割増賃金が支払われたといえるかを、手当の名称や法定の計算式といった形式面ではなく、賃金体系全体の中での位置付け、旧給与体系からの変化、通常の労働時間の賃金の水準、実際の労働時間、労働者への説明といった実質面から判断すべきことを示しました。とりわけ、賃金総額を先に決めて割増賃金を逆算するような給与体系では、法定どおりに計算された残業手当等でさえ割増賃金と認められない場合があることを示した点で、実務上重要であると考えています。

担当弁護士のコメント

熊本総合運輸事件は、勝浦総合法律事務所が獲得した代表的な判例です。 熊本のトラックドライバーさんからご依頼をお受けしました。

平成30年に提訴してから最高裁判決まで約5年を要し、地裁で一部勝訴した後、高裁で請求が棄却され、最高裁で破棄差戻しとなりました。差戻審では当方の考える内容での和解が成立し、解決に至りました。

 

熊本地裁では、当初担当された裁判官は、最高裁判決と同じく、原告勝訴の心証をお持ちだったと受け止めています。

ところが、途中から担当された裁判官は、賃金体系変更の前後で支給総額を変えないまま、一部の手当を労基法37条に基づいて支給されたかのように取り繕ったに過ぎないという本件の本質を直視せず、残業手当等が一見すると労基法37条に沿って支給されているように見えることを理由に割増賃金の支払いとして有効と評価しました。

賃金体系の全体像や過去の賃金体系との比較といったマクロな視点を欠いた判断であり、当方として到底納得できるものではありませんでした。このことは高裁でも再三主張したのですが、期日で高裁裁判官と議論をしても納得できる回答すら得られないことに大変歯がゆい思いをしました。

 

熊本地裁、福岡高裁ではこちらの主張が受け入れられませんでしたが、労働弁護士のプライドに賭けて、絶対に勝たなければならない事件であると確信しておりましたので、是非上告審までやらせてほしいと依頼者にお伝えし、最高裁に上告受理申立てを行いました(なお、当事務所は成功報酬制ですので、高裁、最高裁まで争っても追加の着手金などは発生しません)。

最高裁で上告受理申立事件が判決にまで至る割合は、1%程度にすぎません。令和7年の司法統計(民事)でも、既済事件数に対する割合は、判決に至ったものが約0.95%、原判決が破棄されたものが約0.43%です。

地裁判決、高裁判決が間違っていることは確信していましたが、それを最高裁が救ってくれるかどうかは別問題です。1%の可能性を何とか切り開くよう、争点を絞り、原審の誤りが一読して伝わるように、言葉を尽くしつつも不要な語句をそぎ落として自分が作成できる限度の100%の上告受理申立理由書を作成しました。

 

半年以上経過してから最高裁から弁論期日指定の連絡がきたときは大変うれしかったです(民事上告審で弁論期日が指定されるということは、原判決が破棄される可能性が極めて高いことを意味します)。ちょうど、別事件で福岡の裁判所に向かう途中で、最高裁書記官からの連絡を受け、福岡高裁での悔しい思い出が上書きされました。

下級審で何度説明しても伝わらなかった問題について、最高裁が「割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある」と判断したことは、弁護士として非常に印象深い経験でした。おかしな下級審の判断は最高裁がきちんと見てくれるのだと体感でき、溜飲が下がる思いでした。

 

労働事件を多数担当していると、東京や大阪の労働専門部であれば当然に勝てるであろう事案(本件も、東京地裁や大阪地裁の労働専門部であれば地裁から勝てたのではないかと信じております。)でも、他の地裁の通常部(時として、労働集中部であってもです。)では、主張がうまく伝わらず、歯がゆい思いをすることが多くあります。これは個々の裁判官の能力というより、複雑な賃金体系や固定残業代、不利益変更といった労働事件特有の考え方を日常的に扱っているかどうかという、経験の差が大きいのだろうと思います。

 

本件は、下級審で納得のいかない判断が続いたとしても、そこに法的に本質的な問題があるのであれば、論点を整理して最後まで主張を続ける意味があることを、改めて実感させられた事件でした。

 

上告受理申立理由書の記載について、最後まで迷った点があります。本件では、宿泊を伴う勤務1泊につき2000円の「宿泊日当」が一律に支給されていましたが、地裁・高裁は、これを賃金ではなく旅費であるとして、基礎賃金に含めませんでした。

当方は、この判断にも誤りがあると考えており、この点も上告受理申立て理由に挙げるべきか迷いました。しかし、あれもこれもと主張する総花的なものよりも、最高裁の近年の問題意識にも合致すると思われる、いわゆる固定残業代の議論にフォーカスしたほうがよいのではないかと考え、宿泊日当の論点は上告受理申立て理由からは除外しました。

結果として、最高裁はこの中心論点を取り上げて破棄し、差戻審では当方の考える内容での和解が成立しました。しかし、絞ったことが正しかったのかどうかは、今でも判断がつきません。

 

熊本総合運輸事件(熊本地判令和3年7月13日、福岡高判令和4年1月21日、最二小判令和5年3月10日裁時1811号14頁・労判1284号5頁)

 

監修弁護士

勝浦 敦嗣(かつうら あつし)執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
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