ご紹介する判例:エスアンドエー事件(東京地判平成31年1月31日労経速2380号23頁、東京高判令和元年11月6日、最一小決令和2年9月10日)
勝浦総合法律事務所が、東京地裁、東京高裁、最高裁まで一貫して、長距離トラックドライバー2名の残業代請求を行った事件です(うち1名は亡くなられていたため、その請求権を相続人3名が承継されていました)。地裁・高裁で勝訴し、会社はさらに最高裁まで争いましたが、令和2年9月10日、最高裁第一小法廷は上告受理申立てを受理しない決定をし、高裁判決が確定しました。
会社は、給与のうち「特殊業務手当」と「勤務外手当」が固定残業代として支払われており、既に残業代は支払っていると主張しました。しかし、地裁・高裁は、いずれもこれらを有効な割増賃金の支払いとは認めませんでした。
その結果、未払割増賃金約3800万円に加え、「事故費」等の名目で給与から控除されていた約134万円の返還、合計1380万円の付加金が認められました。さらに、会社が地裁、高裁、最高裁と争う間に多額の遅延損害金・遅延利息が加算され、最終的な回収額は、2名分を合わせて約8000万円となりました。当事務所が担当した残業代請求事件として、現在までの最高額の回収事件です。
目次
確認書まで整えていた「固定残業代」
ドライバーの2名は、栃木県に本店を置く運送会社の新潟営業所で、関東・甲信越・東北・関西を結ぶ長距離トラックを運転していました。
賃金は、基本給が月7万円(後に8万円)で、これに精勤手当、皆勤手当、乗務手当、安全運行手当のほか、「特殊業務手当」と「勤務外手当」が加わる構成でした。
会社は、「労働条件変更通知(賃金)並びに服務規律確認書」(以下「確認書」といいます。)を作成し、特殊業務手当について、一方のドライバーの月額19万円は時間外労働140時間・深夜労働60時間分、もう一方の月額13万円は時間外労働96時間・深夜労働40時間分の「みなし残業手当(定額残業代)」であると記載していました。両名も、この確認書に署名していました。
勤務外手当についても、会社の賃金規程上は、実際の割増賃金が特殊業務手当を上回った場合の不足分を支払うものとされていました。
しかし、実際の給与体系や支給状況を詳しく見ると、多くの矛盾がありました。
なお、本件では実労働時間については大部分で争いがなく、訴訟の最大の争点は、この特殊業務手当と勤務外手当が有効な固定残業代といえるのかという点でした。
特殊業務手当は本当に固定残業代だったのか
東京地裁は、特殊業務手当と勤務外手当のいずれについても、有効な割増賃金の支払いとは認めず、通常の労働時間の賃金、すなわち割増賃金を計算する際の基礎賃金に含まれると判断しました。
まず、確認書には、特殊業務手当について「みなし残業手当(定額残業代)」とする記載がある一方、別の箇所には、特殊業務手当を含めた金額について「基本給36万円(固定給)」「基本給30万円(固定給)」との記載がありました。
つまり、同じ書面の中で、特殊業務手当が通常の労働時間の賃金なのか、残業代なのかが明確ではありませんでした。
さらに、給与明細を見ると、途中で基本給が1万円増額されたのと同時に、特殊業務手当がちょうど1万円減額されていました。
会社側の主張では、特殊業務手当は一定時間分の残業代です。それであれば、想定する残業時間数に変更がないにもかかわらず、基本給が1万円増額されたから特殊業務手当を1万円減額するというのは不自然です。
裁判所も、この点について、特殊業務手当が一定の固定的な時間数に対する割増賃金であるという会社の主張と矛盾すると指摘しました。
また、会社が特殊業務手当によって想定していたという残業時間は、一方について時間外労働140時間・深夜労働60時間、もう一方について時間外労働96時間・深夜労働40時間という極めて長時間のものでした。
その一方で、会社は、この特殊業務手当とは別に、特殊業務手当と同程度又はそれ以上の勤務外手当も毎月支給していました。
会社によれば、勤務外手当は、特殊業務手当では賄えなかった残業代を支払うためのものでした。しかし、実際の労働時間を見ると、特殊業務手当で想定した時間をさらに大幅に超えるような勤務実態はなく、会社の説明とは整合しませんでした。
さらに、会社の求人では、時間外労働は「月平均10時間」、賃金は「32万円~50万円」とされていました。
このような求人を見て入社したドライバーについて、実際には月100時間を大きく超える残業時間をあらかじめ想定した固定残業代制度について合意していたという会社側の主張には、裁判所も疑問を呈しました。
勤務外手当も残業時間には対応していなかった
勤務外手当についても大きな問題がありました。
賃金規程上は、特殊業務手当を超える時間外労働等について、不足する割増賃金を勤務外手当として支給するという仕組みになっていました。
しかし、確認書には「基本給+勤務外手当を支給(運行距離によって変わります)」と記載されており、実際にも運行区間や運行回数に応じて一定額が支払われていました。
東京地裁は、勤務外手当が時間外労働等の時間数と算定上対応しておらず、労働者自身が労働基準法所定の割増賃金を正しく支払われているか検証することも困難であることなどから、有効な割増賃金の支払いとは認めませんでした。
賃金規程を変更して「通常の賃金」を「固定残業代」にできるのか
会社は、地裁判決を不服として東京高裁に控訴しました。
東京高裁も会社の主張を認めませんでしたが、高裁判決では、平成24年の賃金規程から平成26年の賃金規程への変更について、さらに詳細な検討がされています。
平成24年の賃金規程では、後に特殊業務手当とされた賃金について、有効な固定残業代であると認めることはできませんでした。
ところが平成26年の賃金規程では、特殊業務手当を時間外・休日・深夜割増賃金の内払いとして扱う制度に変更されていました。
これが有効であれば、それまで通常の労働時間の賃金であった月額19万円又は13万円もの手当が、固定残業代に変わりうることになります。
東京高裁は、これは労働者にとって不利益の大きな労働条件の変更であると判断しました。
そして、会社は、この賃金規程の変更について合理性を基礎づける十分な主張立証をしていないとしました。
また、ドライバー2名が確認書に署名していた点についても、それだけで変更への有効な同意があったとは認めませんでした。
賃金等の労働条件を労働者に不利益に変更する場合、単に署名があるかどうかだけではなく、不利益の内容や程度、署名するに至った経緯、事前にどのような情報提供や説明がされたのかなどを踏まえて、労働者の自由な意思に基づく同意といえるかを判断する必要があります。
東京高裁は、特殊業務手当を通常の賃金から割増賃金の内払いへ変更することによる不利益は大きい一方、確認書への署名に至った経緯や、事前にどのような説明がされたのかが明らかではなく、確認書自体の記載にも矛盾があることなどから、自由な意思に基づく同意があったとは認めませんでした。
「事故費」等の給与天引き
会社は、両名の給与から「事故費」「破損代」等の名目でも金員を控除していました。
その額は、おひとりについて合計約80万円、もうひと方について合計約54万円でした。
会社は、従業員代表との賃金控除協定やドライバー本人の確認書への署名を根拠として、このような給与天引きは認められると主張しました。
しかし、東京地裁は、会社から各事故の具体的な内容や損害額などが十分に明らかにされておらず、他方で無事故の場合等に支払われる乗務手当や安全運行手当は概ね満額支給されていたことなどから、ドライバーが会社に損害賠償義務を負い、その金額を給与から控除できる理由が明確ではないと判断しました。
そのため、「事故費」等として控除されていた合計約134万円についても返還が命じられました。
認められた金額と最高裁の決定
東京地裁が認めた未払割増賃金は、2名を合わせて約3801万円でした。
これに、「事故費」等として控除されていた約134万円の返還が加わります。
さらに、裁判所は、労働基準法114条に基づく付加金として、おひとりについて680万円、もうひと方について700万円、合計1380万円の支払いを命じました。
付加金については、未払残業代と同額全てが認められたわけではありません。会社が不十分ながら時間外労働に対する対価を支払おうとしていた事情なども考慮され、提訴時に付加金の対象となり得た割増賃金の約5割に相当する額とされました。
また、一部の期間については、日ごとの具体的な労働時間を十分に立証することができず、その部分の請求は認められませんでした。
それでも、地裁判決の主文で支払いを命じられた金額を合計すると、その時点で既に約5577万円に達していました。
しかも、未払賃金等には遅延損害金・遅延利息が加算されます。本件では、在職中等の期間については年6%、退職後等については賃金の支払の確保等に関する法律に基づく年14.6%の遅延利息が付されていました。
会社は東京高裁に控訴しましたが、東京高裁は会社の控訴を棄却しました。当方も一部認められなかった請求について附帯控訴をしましたが、こちらも棄却され、地裁判決の結論が維持されました。
さらに会社は最高裁に上告受理申立てを行いました。
しかし、令和2年9月10日、最高裁第一小法廷は、裁判官全員一致で、「民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない」として、上告受理申立てを受理しない決定をしました。
これにより、当方勝訴の高裁判決が確定しました。
本判決の意義
本件は、固定残業代について、確認書などに「みなし残業手当」「定額残業代」と記載し、想定する残業時間まで明記し、労働者本人の署名を取得していたとしても、それだけで有効な固定残業代になるわけではないことを示した裁判例です。
裁判所は、書面の名称や形式だけではなく、書面内部の記載の矛盾、実際の給与の支給方法、想定されている残業時間と実際の労働時間との関係、勤務外手当の具体的な算定方法、従前の賃金規程からの変更、労働者に対する説明内容などを総合して判断しました。
また、それまで通常の労働時間の賃金であった多額の手当を、賃金規程の変更によって固定残業代に変更する場合には、労働者から署名を取得しているというだけでは足りません。
その変更によって労働者が受ける不利益の大きさや、会社からどのような説明がされたのかなどを踏まえ、本当に労働者の自由な意思による同意があったのかが問われることを示した点も、実務上重要であると考えています。
担当弁護士のコメント
エスアンドエー事件は、勝浦総合法律事務所が獲得した代表的な判例です。
ドライバーの残業代請求は、固定残業代や労働時間をめぐる争いが長期化しやすく、特に裁判になった場合には、解決までに長い期間を要することがあります。
本件では、実労働時間については大部分で争いがなく、主な争点は、特殊業務手当と勤務外手当が固定残業代として有効かどうかという給与体系の問題でした。
それでも、平成29年2月の提訴から最高裁の決定まで、約3年半を要しました。
会社側からすると、裁判で争うことによって支払いを先延ばしにできるようにも見えるかもしれません。
しかし、残業代請求では、未払賃金について遅延損害金・遅延利息が加算されます。本件当時は、退職後等について年14.6%という高率の遅延利息が加算されていました。また、裁判所から付加金の支払いを命じられることもあります。
本件では、地裁で会社側の主張が排斥され、高裁でも会社の控訴が棄却されました。それでも会社は最高裁まで争いました。
その間にも遅延利息は積み上がり、さらに合計1380万円の付加金も加わりました。
結果として、未払割増賃金約3800万円に対し、「事故費」等の返還、付加金、遅延損害金・遅延利息等を合わせ、最終的な回収額は約8000万円となりました。判決で認められた金額をすべて回収することができました。
約8000万円という金額は、現在まで当事務所が担当した残業代請求事件の中で最高額です。
会社側の主張が最終的に認められなければ、訴訟が長期化したことによって、結果として会社の支払額が大幅に増えることがあります。本件は、未払残業代の元本に対し、最終的な支払額が約2倍にまで増加した事例となりました。
エスアンドエー事件(東京地判平成31年1月31日労経速2380号23頁、東京高判令和元年11月6日、最一小決令和2年9月10日)
監修弁護士
執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
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