ご紹介する判例:染谷梱包事件(東京地判令和5年3月29日 労経速 2536号28頁)

勝浦総合法律事務所が、原告であるトラック運転手の代理人として担当した未払い残業代請求事件です。

この事件では、会社が毎月「残業手当」の名目で支払っていた月額17万円から26万円の賃金が、法律上有効な固定残業代といえるか、また、トラックが取引先等で停車していた時間をどこまで労働時間として認めるべきかが大きな争点となりました。

東京地方裁判所は、会社の「残業手当」について、実際には通常の労働時間に対する賃金が含まれており、通常の賃金部分と割増賃金部分を判別することができないとして、固定残業代としての有効性を否定しました。

その結果、「残業手当」を含む賃金全体を残業代計算の基礎となる賃金として計算することが認められました。

一方、労働時間については、取引先での停車時間の一部を休憩時間と認定し、原告が主張した労働時間の全てが認められたわけではありませんでした。

最終的に、裁判所は、会社に対し、未払割増賃金779万6231円を含む824万3149円の支払いに加え、付加金621万1929円の支払いを命じました。

本判決は「労働経済判例速報」2536号28頁に掲載され、その後、「経営法曹」222号でも評釈の対象となっています。

 

給与の半分が「残業手当」だった

原告は平成28年3月頃、トラック運転手として会社に入社しました。

入社当初は2トントラックを担当しており、給与は、

基本給 12万円
残業手当 12万円
合計 24万円

という構成でした。

その後、平成29年6月に10トントラックを担当するようになると、基本給は16万円、残業手当は17万円となり、月額33万円となりました。

さらに残業手当だけが、

17万円
22万円
24万円
26万円

と順次増額されていきました。

他方、基本給は16万円のままでした。

会社の就業規則には、「固定残業手当は、法定労働時間を超えた分を固定的に支給し、担当業務により算出した時間相当分を各人ごとに決定し支給する」との規定がありました。

会社側は、この「残業手当」が固定残業代であると主張しました。

 

会社側は「160時間程度の残業を想定した固定残業代」と主張

会社側は、トラック運転手には当時の改善基準告示による拘束時間の規制が適用されることなどを理由に、長時間の拘束を前提とした固定残業代を設定すること自体には問題がないと主張しました。

具体的には、1か月320時間の拘束時間から所定労働時間として想定した160時間を差し引き、約160時間の時間外労働を想定して計算した上で、深夜労働や休日労働も考慮して、最終的に月額26万円の固定残業代を設定したという説明でした。

また、トラック運転手については、日々の労働時間を正確に管理することが容易ではないため、一定の固定残業代を設定する方式を採用したとも主張しました。

これに対して当事務所は、「残業手当」という名称だけを見るのではなく、実際の賃金体系や支給の経緯を見れば、この手当の全額を残業代と考えることはできないと主張しました。

 

基本給12万円だけでは最低賃金を下回ってしまう

当事務所が主張した重要な点の一つが、入社時の賃金体系です。

原告の入社時の給与は、基本給12万円と残業手当12万円の合計24万円でした。

仮に、会社の主張するように残業手当12万円の全額が固定残業代であり、通常の労働時間に対する賃金が基本給12万円だけだったとすると、月平均所定労働時間161.33時間で割った時間単価は約744円となります。

これは当時の最低賃金を下回ります。

そこで当事務所では、会社と原告が、基本給だけでは最低賃金法に違反するような賃金契約をしたと考えるのは不自然であり、少なくとも「残業手当」の一部は通常の労働時間に対する賃金だったはずであると主張しました。

しかも、入社時には雇用契約書も労働条件通知書も作成されておらず、「残業手当」が何時間分の残業代なのか、どのような計算によって決められたのかについて会社が原告にどのように説明したのかも明らかではありませんでした。

裁判所は、この点を重視しました。

裁判所は、基本給だけを通常の賃金とすると最低賃金を下回ることになることや、雇用契約書等が存在せず、会社が残業手当についてどのような説明をしたのかも明らかでないことから、「残業手当」には通常の労働時間に対する賃金が含まれていると判断しました。

そうすると、「残業手当」のうち、どこまでが通常の賃金で、どこからが残業代なのかを区別することができません。

このため、裁判所は、入社時の残業手当12万円について、固定残業代として有効とは認められないと判断しました。

 

大型トラックへの変更後には、もう一つの問題があった

さらに興味深いのが、10トントラックを担当するようになった後の給与についての判断です。

原告は入社時には、基本給12万円と残業手当12万円の合計24万円を通常の賃金として受け取っていたと裁判所は認定しました。

ところが、大型トラックへの変更後に会社の主張をそのまま採用すると、通常の賃金は基本給16万円だけとなります。

つまり、給与総額自体は増えているものの、残業代計算の基礎となる通常の賃金は24万円から16万円へと8万円減額されたことになります。

そのため裁判所は、このような変更を認めるためには、賃金という重要な労働条件の不利益変更に原告が自由な意思で同意したといえるかも検討する必要があるとしました。

しかし、給与を変更した際にも新たな雇用契約書や労働条件通知書は作成されていませんでした。

会社側の証人は原告に説明したと証言しましたが、原告はこれを否定しており、裁判所は会社側証人の証言をそのまま採用することはできないと判断しました。

裁判所は、通常の賃金を24万円から16万円に減額するような不利益変更について、原告が自由な意思に基づいて同意したと認めることもできないとしました。

 

「頑張ったから残業手当を増やした」という証言

さらに、会社側証人の証言の中には、この事件を考える上で非常に重要な内容がありました。

原告の業務内容自体に変更がない時期にも、「残業手当」は22万円、24万円、26万円と増額されていました。

会社側証人は、その増額の理由について、原告の「働きぶり」や「頑張り」に対する評価という要素もあったと証言しました。

しかし、純粋な固定残業代であれば、本来、その金額は予定する時間外労働時間などと対応して決められるはずです。

仕事を頑張ったことへの評価として増額されているのであれば、その部分は通常の労働に対する賃金という性格を持つことになります。

裁判所もこの点を重視し、「残業手当」には通常の労働時間に対する賃金が含まれていると認定しました。

その結果、通常の賃金部分と固定残業代部分を区別することはできないとして、変更後の「残業手当」についても固定残業代としての有効性を否定しました。

 

残業手当の全額が残業代計算の基礎になった

固定残業代が無効となった結果は大きなものでした。

会社側は、残業代を計算する際の時間単価について、基本給16万円だけを月平均所定労働時間161.33時間で割るべきだと主張していました。

これに対し、裁判所は、基本給だけではなく、「残業手当」も含めた賃金を基礎として残業代を計算すべきだと判断しました。

例えば、残業手当が26万円となっていた時期であれば、基本給16万円と合わせた42万円が残業代計算の基礎となります。

固定残業代の有効性は、単に「既に残業代を払ったことになるか」という問題だけではありません。

固定残業代として認められなければ、その手当自体が通常の賃金となり、それを基礎に残業代を再計算することになります。

そのため、固定残業代の有効性は未払い残業代の金額を大きく左右します。

 

記録がない期間をどうするか

さらに本件では、全期間についてデジタルタコグラフが残っていたわけではありませんでした。

手書きの運転日報とデジタルタコグラフの両方が月単位で残っていたのは、平成31年2月から4月までの3か月だけでした。

そこで裁判所は、まずこの3か月について詳しく労働時間を認定しました。

その結果、原告が主張した時間に対し、裁判所が認めた割合は、

時間外労働 45.6%
休日労働 76.5%
深夜労働 76.9%

となりました。

そして、資料が十分残っていない他の月については、原告が主張する各月の労働時間に、この認容割合を掛ける方法で労働時間を推計しました。

資料が存在しない期間について、単に「証拠がないから認めない」とするのではなく、資料が残っている期間の実績を利用して労働時間を推計した点は、本判決の特徴の一つです。

トラック運転手の残業代請求では、会社が保存している日報やデジタコ等の資料が請求期間全体についてそろっていないことも少なくありません。また、3年にも及ぶ請求期間のすべてについて日報やタコグラフを分析して主張することは当事者双方にとっても負担が大きく、時間も要するため現実的ではないことが多いです。そのような場合には、一定の月をサンプルとして具体的な議論を行い、その結果を他の月に拡張する方法が実務上よくとられます。

このような場合の労働時間の認定方法を考える上で、実務上参考になる判断だと考えています。

 

担当弁護士のコメント

染谷梱包事件は、勝浦総合法律事務所が獲得した代表的な判例です。

この事件で原告側から特に力を入れて主張したのは、「残業手当」という名称だけを見るのではなく、賃金体系全体を実質的に見るべきだという点でした。

入社時の給与が基本給12万円、残業手当12万円であったにもかかわらず、12万円の全額を残業代だとすると、通常の賃金が最低賃金を下回ってしまいます。

しかも、その後は基本給を16万円に固定したまま、残業手当だけが17万円、22万円、24万円、26万円と増えていました。

その増額理由について、証人尋問の場で、会社側証人から「働きぶり」や「頑張り」の評価という説明を引き出すことができたのも勝因の一つとなりました。反対尋問をうまく組み立てることで、こちらに有利な証言を相手方から引き出すことができると、代理人としては非常に気持ちがよいです(事前に想定した流れにならず、うまくいかないこともよくありますが)。

固定残業代の事件では、給与明細に「残業手当」と書かれていることや、就業規則に固定残業手当の規定があることだけで議論が終わるわけではありません。

採用時に実際に何が説明され、なぜその金額になり、その後なぜ増減したのかまで掘り下げると、賃金の実質が見えてくることがあります。

本件では、その点について原告側が問題にしていた事情を、裁判所がかなり具体的に判決理由の中で取り上げています。

他方、労働時間については、原告の主張がそのまま認められたわけではありません。

特に、1時間を超える停車時間について、その超過部分の7割を休憩時間とする認定は、原告側にとって厳しいものでした。

ただ、日報やデジタコが全期間そろっていないことを理由として残業時間を認めないのではなく、資料のそろっている3か月について詳細に認定し、その認容割合を他の月に適用するという方法で未払残業代を算定した点は興味深いところです。

結果として、会社には未払割増賃金等824万3149円に加え、621万1929円という相当額の付加金が命じられました。

固定残業代の有効性と、資料が十分に残っていないトラック運転手の労働時間をどのように立証するかという、運送業の残業代事件で繰り返し問題となる二つの論点が正面から扱われた事件でした。

 

染谷梱包事件(東京地判令和5年3月29日 労経速 2536号28頁)

 

監修弁護士

勝浦 敦嗣(かつうら あつし)執筆者:勝浦 敦嗣(かつうら あつし)
所属:第二東京弁護士会所属
-監修コメント-
「解決したはいいけど、費用の方が高くついた!」ということのないように、残業代請求については初期費用0円かつ完全成功報酬制となっております。
成果がなければ弁護士報酬は0円です。お気軽にご相談ください。

勝浦総合法律事務所
TEL 0120-600-927
平日:10時 ~ 19時
土曜:10時 ~ 17時(東京のみ)
定休日:日・祝
無料相談フォームは
こちら
簡単な法律相談も承っております。